月夜の幻影 

―――ファンファン

夜中にも関わらず、パトカーのサイレンが辺りに鳴り響く。
今いるここからそこまで、結構な距離がありそうだが、パトカー特有の音と赤い光は、はっきりと見えてしまうほど。

それほどまで警察を総動員させているのは、今まさに人気―――というと、あまりよくないけれど、
事実人気な変幻自在で華麗に獲物を掻っ攫い、月下の奇術師と呼ばれる、謎多き紳士―――怪盗キッド


真っ白なマントとシルクハットを身に着けて、全身真っ白な彼は今のような真っ暗の空に映え、美しい。
今もまた、どこかで衣装と同じく白いハングライダーを使って警察から逃げているんだろうな――

そんなことを想像しながら、コンビニの袋を揺らし帰り道を歩く。

結構な夜にコンビニなんてあまりいいものではないかもしれないが、これも兄とのじゃんけんに負けたから、
そのかわり奢りでいいといってくれたので、どっちかっていうと私の方が得をしているのかもしれない。
家から歩いても数分、といった近場にあってくれるというコンビニに感謝して足を進める。



満月ということもあって、普段の今頃より明るいであろう今日、
――そういえば、怪盗キッドは満月の夜にしか盗みに入らないんだったっけ
何か理由があるのかな、それとも怪盗キッドには満月が似合うとわかっているから―――なんて、
自分で考えたことなのになぜかおかしくなって小さく笑みをこぼした。


「わっ……!」

そんなことをしていると、急に髪を散らばらすほどの強風が吹いてくる。
慌てて髪を押さえつけると、視界に影がかかった。


先程まで、明るかった満月、強風で雲が移動したのか、その明るさは遮られ、
雲隠れした満月、それに伴い辺り一面も暗くなっていく。

家からコンビニまで徒歩数分、なのにもかかわらず、コロコロと顔を変える自然の風景に心地よさを覚えた。
一時的な強風からやわらかい、心地いいものへと変わった風になびく髪をそのままに身を任せ、
再び家への歩みを進める。せっかくのアイスが溶けちゃったらいけないもんね、
少しだけ歩く速度を上げて、いよいよ家へと近づいてくる道の角を曲がった―――



「……怪盗キッド……?」

その先には、全身真っ白な、テレビや遠目でしか見たことがない―――あの―――
怪盗キッドが、佇んで、いた。

風によって全身を覆い尽くせるほどのマントがはためく。
月の光を受ける真っ白い姿は、やっぱり似合っていて、そして儚く美しかった。


「おや、……見つかってしまいましたか」

そう静かに言った怪盗キッドは、言っているセリフとは裏腹に全く焦る様子もなく、口角をあげて笑った。


どうしてこんなところにいるんだろう、
確か今日は怪盗キッドの予告の日で、パトカーも追いかけてた、
仕事終わりの帰り道なんだろうか、
警察に連絡したほうが、

まとまることのない思考がグルグルと頭の中を駆け巡る。
パニックに近しい状況でもあるのにもかかわらず、頭の一部はどこか冷静で、


「……こんばんは、お嬢さん」



カサカサと袋が躍る音が響く中で、妙に鮮明に聞こえたその音は、
聞いたことがないようで、どこか懐かしくて、何故か寂しくなって、切なくなってしまうような色を含んでいた。




月明かりの下に照らされて、消えてしまいそうなその姿に見惚れると同時に、



―――その姿に無性に泣きたくなってしまったのは、

……なぜ、なんだろう



(月夜の幻影)

   end 
(6:8:12)