白色のキャンバスに何を描こう 

それは僕が小さき頃、幼く、まだ純粋だったであろう頃。
この社会にも疑問さえ持たず、善良な市民の一人として、家畜のように飼われていたころ。
何も知らず、ただなされるがまま、言われるがままに従って、生きていたころ。


僕は、一人の少女と出会った。

よくある出会いだった。
ただ、なんとなく、いつものような日常の中に出会う、というありふれて、なんでもない出来事。
何回、何十回と繰り返されたこと。

衝撃的な出会いでもなんでもなかった。
悪印象でも、かといっても好印象でも、……いやどちらかというと好印象だったかな。


人当たりのいい、初対面の僕にも笑顔で接してくれる明るい子だった。

どこにでもいそうな子だろう。
僕だってそう思った。
……もしかしたら今も贔屓目に見てしまっているのかもしれない。

……でも、それでもよかった。


……さて、話を戻そうか。

彼女とは、そんな初対面から何か馬が合ったように共に過ごした。
数多くの人間がいる中、僕と彼女が一緒にいるのを物珍しいように見る人もいた。
まぁ、別にそんなものは気にならなかった。
ただ、彼女といるのが僕は楽しかったんだ。

彼女は、僕の話すことをただ聞いてくれた。
否定することなく、知識欲にあふれた僕の話を静かに、笑顔で聞いてくれた。
聞くだけじゃなくて、彼女も疑問に思ったことは尋ねてきてくるようで、それに返答を探し、
答えるときでさえ、楽しくてしかたがなかった。


そんな毎日が楽しくて仕方がなかった日々。
僕は、ふと疑問に思った。

僕は、真っ白だった。
何をしても、どんなに悪いことをしたとしても、穢れひとつも入ることなく、ただ、真っ白だった。
なんでだ、そう思った。
僕だけが、僕だけが、ずっと真っ白で、変わらなくて、どうして、?


仲間外れ、一人だけ、彼女だって真っ白ではなかったのに、
僕だけが、
その事実に耐え切れなくなった僕は、彼女に問いかけた。
彼女に心の内を吐露した。一人じゃ耐えられなかった。


「僕は、ずっと真っ白なんだ、ずっと色が変わらないんだ。何をしても、悪いことをしたとしても!」

いつもと違う僕の様子に彼女は少しだけ目を見開いた。
……それもそうか、突然ずっと一緒にいたやつが泣きそうになって詰め寄っているのだから。


「……僕、一人だけ、そうなんだ……、僕、だけが……っ」

視界がゆがむ、世界が零れる。
絞り出すように言った言葉に、君は驚いたような表情から一変、ふ、と優しく微笑んだ。


ふわり、優しくもあたたかい温もりに僕は包み込まれた。
それにびっくりして一気に涙が引っ込む。
え、と困惑し彼女の表情をうかがい知ろうとしたが、それはぎゅうと包み込まれる彼女の腕によって叶わなかった。
……優しい彼女の腕の温もりにそうする気が失せた、といった方が正しいのかもしれない。(きっとそれが正しい。)

「ねぇ、聖護君、真っ白ってことはね、何色でも、なんでも描けるってことだよ、
きれいなお空を描いてもいいし、白銀の世界に染め上げてもいい、広大な自然を広げてもいいの
聖護君の好きなもので全部埋めることもできるし、黒色に塗りつぶすこともできる。

聖護君の世界を、なんでも、描けるんだよ。」


……あれ、なんで君が泣きそうになっているんだろう。
……どうして僕も、涙が出てくるんだろう。


「聖護君を、一人ぼっちには、させないから!絶対、
私は、真っ白には、なれないかもしれないけど、だけどね、聖護君が真っ白だったら、私は、すぐ見つけれられるよ……!

白色は聖護君の色だって、わかってれば、見つけられる
だから、一人になんか、させないからね…っ」


こみ上げたものは、耐えることができず、はらはらと頬を伝って落ちていく。

……それは君も同じみたいだ。
君の顔は見ることはできないけど、僕の着ている服が湿り気を帯びていくんだ。
僕も君の服に冷たいしみを広げていっちゃってるから、おあいこだね、

今まで我慢してきたものを吐き出すように、僕は嗚咽を上げて泣いた。
この温もりを離さないように、しがみついて。

君の言葉が、染み込んでくるんだ。
一音一音、光を持って、温もりを持って、僕の中に優しく染み込んで、溶け込んでいく。
するすると何のわだかまりもなく入ってくる言葉言葉は僕の心に温かく、癒し、深い優しさを残した。

僕は、君がいてくれたら―――……

そういうと、君はぽろぽろと雫をこぼしたまま、
眉を下げて、また優しく微笑むんだ。


暖かく、優しい微睡みのような時間。
それは儚く静かに終わりを告げた。

僕が消えたからだ。
君の前から。
君がいなくなったからだ。
僕の前から。

偶然なのか必然なのか……、きっとそういう運命だったんだろう。
僕は君の前から、君は僕の前から、姿を、消した。

後々、知ることになったことは、君の家族が潜在犯おちしていたということ。
兄弟なのか親なのか、それはわからなかった、でも、それは彼女に影を残してしまったんだろう。
だからかもしれない、そんな危うい君は僕に縋り、
変わらぬ僕は、そんな君に惹かれる。

これもまた、運命で、変わらぬこと。
その事実が、どうしようもなく悲しくて、どうしようもなくうれしかった。

……でも、その日を境に、僕は君にまた出会うことが、できずにいるんだ。


……その時、根本的な、僕がずっと真っ白であることは何も解決してやいなかった。
……でも、僕の中でそれは変わった。
大嫌いだったこの真っ白。
付きまとってくるこの色は、変わることなく。


白色、それは君が見つけてくれる僕の色。
なんでも描ける白色キャンバス。



未だ変わることのないこの色は、君に見つけてもらえる日を、今も、待っている。
僕の色、君が見つけてくれるといった、この色を持ち続けている限り。
僕は、一人では、ないのだろう。




(白色のキャンバスに何を描こう)
白色、何色にも染まることのないそれは僕の色


ねぇ、ナマエ……僕のこの白を、君色に

   end 
(5:8:12)