グノアの悲劇
その子はすべてを諦めた瞳をしていた。
ゆりかごの中で、諦め切った瞳で見上げていた。
生まれて間もないその赤子が、この状況をすべて理解しているとは思えなかった。
だが、確かにセトはそう感じた。
重苦しい派手な甲冑に身を包み、耳障りな金属音をさせながらゆりかごを覗いているセトを見ても、泣きもしないどころか、表情を変えることもなかった。
「どうなさいました?セトさま」
部下に声をかけられて我に返った。
セトは未だ握りしめたままだった剣を、その部下の胸に叩き付けるようにして預けた。
まだ若い部下は派手な音で自分の甲冑にぶつかった剣を思わず受け取った。
黙ったまま、セトは金属製の固い篭手を外し、ゆりかごの中にそっと手を入れた。
そこで躊躇した。
あまりに柔らかい感触だった。
柔らかく、暖かかった。
一瞬、戸惑って、それから意を決したようにその赤子を抱き上げた。
瞬間――
生き返ったように、赤子の瞳に光が差した。
ややあって、赤子が声を上げて泣き始める。
止まった時間を再び進めるように。
はらり……と、赤子の頭部を覆っていた衣が落ちた。
目が覚めるような黄金色の髪。
どんな宝物を手にした時よりも深い満足感を得た。
セトは赤子を抱いたまま、部下のほうを向き直った。
「仕儀はどうだ」
幻を見るように、ほうけた顔で全てを見ていた部下は、我に返って慌てて姿勢を正した。
「は!街の中の<黒髪>はすべて殲滅致しました」
「そうか」
部下の言葉に短く答えて、セトは大きなため息をついた。
「あまりに犠牲は大きかったな」
部下は答えず、俯いた。
「この子の時代には、<黒髪>など無縁であれば良いのだが」
優しい目で赤子を見て、セトは言った。
それから振り切るように顔を上げる。
「帰還する!」
後にグノアの悲劇と呼ばれるこの事件は、セトの願いとは逆にさらなる悲劇の序章であった。
セトは思う。
集団でグノアの街を襲った<黒髪>。
あの時、『おかしい』と気づいていれば、あるいはもっと早く手が打てたのかもしれない。
この子の運命も変わったのかもしれない。
『オレのマーゴが迷っているなら、オレは彼を捜してやろうと思います』
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