3

 黄金の髪の青年は、愛剣を顔の前に捧げ、ゆっくりと一礼すると、流れるような仕草でそれを鞘におさめた。
 空気が止まっていた。
 時間さえも止まってしまったようだった。
 彼以外のそこに居る者はまるで何かに当てられたように誰一人しばらく微動だにしなかった。
 いや、動けなかったと言ったほうが正確なのかもしれない。
 その張りつめた空気を破ったのは、その顔に幾多の苦難と年齢を刻み、白い髭を長くたくわえた老人だった。
 ゆっくりと老人が手を打つと、急に目覚めたように周りのものも彼に合わせて手を打ち始めた。
 すぐに、その場が湧いた。
 歓声と賛辞。
 そのお祭り騒ぎのような声の中、それを一身に受けているはずの青年は、どこか冷めていた。
 彼には、観衆の声がとても遠くに聴こえていた。
『エスパーディアの剣技は見せ物じゃない』
 口を開けば、そう叫びそうだった。
 民の生活を脅かす<黒髪の使者>。
 それに対抗するためにエスパーディアは生まれた。
 富を得るためでも、名声をいただくためでもない。
『誰かを守れなきゃ意味がない』
 青年は誰知らずため息を吐いた。
『守るものが無ければ意味がない。ただの暴力と変わりない』
 それでも一人冷静な先ほどの白髭の老人が、歓声をかき分け、青年に近づいてきた。
 老人は彼の肩に手をかけると、優しく微笑んでみせた。
「優勝者には似合わん顔だな、シン」
 老人は、そのままシンを格技場に隣接する控の間に促した。
 扉を開ける前、老人は付き人らしき何人かの男をその手の平で制した。
「二人きりにしてくれ」
 シンは少し安心した。
 老人に付き従い、控の間に入って扉を閉めると、シンは深い息を吐いて肩の力を抜いた。
「シンよ」
 声をかけられて、シンは顔を上げた。
「お前の剣の力は最高だ。お前ほど速く正確に剣を振れるエスパーディアを、わしはまだ見た事がない」
 剣技者の長老……エスパーディア・セトの言葉をうやうやしく受け取りながら、シンはセトの顔を燃えるような瞳で見つめた。
 シンはセトが言うように剣の技もエスパーディアとしての精神も申し分ない。
 それは誰しも認める。
 だが、彼の素晴らしい技を妬むものも多くいて、だから彼はいつも心を砕いていた。
 彼の足下をすくおうとする輩たちの口汚い攻撃の的になる材料がなんなのか、彼はよく知っていた。
「でも、セト様。オレにはマーゴがいない」
 相棒になるべき存在――
 エスパーディアには必ずマーゴがいる。
 マギアを使って剣技を助け、そして融合する。
 神託によって、その技は究極まで高められる。
 成人しても、シンにはマーゴが現れなかった。
 自分より、力の低いエスパーディアたちに強力なマーゴが現れていくのに、自分はいつまでも独りだった。
「エスパーディアには剣の道を目指したその日からマーゴが決まっている。それは神が決めることだ。マーゴが現れるのはその剣技が完成された時と言われている。つまりシンよ。お前の剣技はまだ伸びる」
 セトの言葉を聞いても、納得いかないといった表情のシンをみて、セトは大きく息を吐いた。
「シンよ。ここまで長くマギアを使わずに修行に耐えたエスパーディアをわしは知らん。逆にな、お前にマギアの加護があれば、どんなエスパーディアになるのか、わしはかえって怖い気もするのだよ。お前の前に現れるマーゴもまた強力なのだからな」
 セトの言葉を聞きながら、シンはゆっくり瞼を伏せた。
 祈るように……
 軽く波打つ長い黄金色の髪が、すうっと頬に触れる。
「ではセト様。オレのマーゴもどこかで迷っているのかもしれない」
「迷う?」
「オレにマーゴが現れないということは、オレのマーゴにはエスパーディアが現れないってことだ」
 シンの言葉に、セトは眉根を寄せた。
「お前は自分のマーゴが迷ってしまうような者でもよいのか?」
「オレも迷ってるから……」
 シンは即答した。
 それからしっかりと瞳を開いてセトの目を射るように見詰め、ひとつずつ、区切るように言葉を紡ぐ。
「オレのマーゴが迷っているなら、オレは彼を捜してやろうと思います」
 凛とした瞳で力強く、彼は自分の気持ちをセトに捧げた。
「だって、オレの相棒なんでしょう?」
 そこには一筋の迷いも見えなかった。
 セトは、それが太陽神の思し召しかもしれないと思った。
 シンは旅をするように運命づけられたエスパーディアなのかもしれないと。
 100年祭はすぐそこだ。
 セトに軽く一礼すると、シンはセトに背中を向けた。
 その背中を見つめながら、セトは大きく息を吸い込む。
「おお、太陽神よ。あなたはシンに何をさせたいのだ」
 まるでシン自身に問いかけるように、その背中に向かってセトは呻いた。


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