5
100年前の戦争の記述に度々登場するその名前。
パルシェルファに付き従い、闇王討伐に尽力した者は、人種も性別も年齢もバラバラだった。
その中でも、度々パルシェルファを、その力で助けた少女。
リュートの流れを感じ、古の神からの声を聞き、未来を見た少女。
「おや、懐かしい名前だね。本当の名前はね、ヴェグナ・ナル・チコス。全てを見渡せる鳥という意味だ。ホーク・アイか……パルシェルファは、そう呼んでいたね。他のヤツがそう呼ぶとかちんと来たもんだが、不思議だねえ。アンタが口にするとなんだか嬉しい気持ちになる」
老婆の赤い目は遠くを見るように細められた。
「そんな……おばあさんは一体何歳なんですか?」
その可憐な細い指を口元にあて、驚愕した顔でルナは訊ねた。
100年前……少女だったにしても、そんなに長く生きた人間を聞いたことがない。
そこで初めて老婆はまじまじとルナを見て、それから何かを見つけた時のように、体をびくりと跳ね上げた。
「これはこれは驚いた。黒真珠まですでに従えているのかい?お嬢さん。私は今年112歳になる」
「え?本物のホーク・アイ?」
その答えに思わず声を上げたのは、ラクティだった。
「ええええっ??!!」
ラクティの言葉に、マールも叫ぶ。
ホーク・アイの名前は、勉強の嫌いなこの二人でも知っているほど有名だ。
本の中だけに登場すると思っていた伝説の人物が今目の前にいる。
驚くのは当り前だ。
「私はホーク・アイだ。お嬢さん、ここでその頭巾はあまり意味がない」
老婆は優しく笑った。
その笑顔を見て、ルナは凛と背筋をのばすと、珍しく強い意志を噴出させて、目深に被っていた頭巾を後ろに跳ね上げた。
黒髪がさらりと揺れる。
イシュタールが息を飲んだ。
何か言葉を発しようとしたのを老婆が手を掲げ、黙ったままで止めた。
「今度はたくさんのものに愛されているようだ。最初から……」
老婆は言うと、また遠くを見るように目を細めた。
「ラク族ってのはみんな緑色の髪なのか?」
無遠慮にマールが聞いた。
失礼ですよと、いつもならパージルが諌めるところだが、パージルは少し口を開きかけて閉じた。
緑色の髪を持つマールにとっては、必要な質問のように感じたのだ。
老婆はマールを見遣り、また目を見開いた。
「お前は……。そうかい。今度の黄金王は最初からラク族を従えているんだね。じゃあ、安心だ」
「どういう意味だ?」
シンが訊ねる。
「私の仕事がひとつ減ったということだよ」
「オレは黄金王じゃない」
「オレもラク族じゃねえしな」
首を振る二人に言って聞かせるように、老婆は人差し指を立てた。
「いいかい、お前は風のマギアを使うだろう?」
「なんで知ってる?」
素直にマールは驚いた。
老婆はにやりと笑った。
答えは返って来なかった。
その変わり、イシュタールが口を開いた。
「風のマギアは、ラク族だけのものだ。オレたちにはエスパーディアは必要ない」
「マールはラク族の出身……そういうことか?」
老婆は頷いた。
「どういう謂れで今ここに在るのかは知らない。でも、この子は間違いなく我々と同じリュートを持っている。黄金王には太古からこの地に住まうラク族の助けが必要なんだよ」
「オレは黄金王じゃない。今の黄金王はムシュファさまだ」
シンは繰り返した。
「あははは。あのパルシェルファはそんなに心配性ではなかったがね」
老婆は豪快に笑うと、シンに指を突き出した。
「それは、エスパーディアたちの決めたことだろう。いかにパルソナスの王だとて、リュートの支配は逃れられないよ。いいかい。ムシュファはパルソナスの王ではあるが、『私たちの黄金王』ではない」
はっきりと、老婆は言い切った。
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