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 100年前の戦争の記述に度々登場するその名前。
 パルシェルファに付き従い、闇王討伐に尽力した者は、人種も性別も年齢もバラバラだった。
 その中でも、度々パルシェルファを、その力で助けた少女。
 リュートの流れを感じ、古の神からの声を聞き、未来を見た少女。

「おや、懐かしい名前だね。本当の名前はね、ヴェグナ・ナル・チコス。全てを見渡せる鳥という意味だ。ホーク・アイか……パルシェルファは、そう呼んでいたね。他のヤツがそう呼ぶとかちんと来たもんだが、不思議だねえ。アンタが口にするとなんだか嬉しい気持ちになる」

 老婆の赤い目は遠くを見るように細められた。

「そんな……おばあさんは一体何歳なんですか?」

 その可憐な細い指を口元にあて、驚愕した顔でルナは訊ねた。
 100年前……少女だったにしても、そんなに長く生きた人間を聞いたことがない。
 そこで初めて老婆はまじまじとルナを見て、それから何かを見つけた時のように、体をびくりと跳ね上げた。

「これはこれは驚いた。黒真珠まですでに従えているのかい?お嬢さん。私は今年112歳になる」

「え?本物のホーク・アイ?」

 その答えに思わず声を上げたのは、ラクティだった。

「ええええっ??!!」

 ラクティの言葉に、マールも叫ぶ。
 ホーク・アイの名前は、勉強の嫌いなこの二人でも知っているほど有名だ。
 本の中だけに登場すると思っていた伝説の人物が今目の前にいる。
 驚くのは当り前だ。

「私はホーク・アイだ。お嬢さん、ここでその頭巾はあまり意味がない」

 老婆は優しく笑った。
 その笑顔を見て、ルナは凛と背筋をのばすと、珍しく強い意志を噴出させて、目深に被っていた頭巾を後ろに跳ね上げた。
 黒髪がさらりと揺れる。
 イシュタールが息を飲んだ。
 何か言葉を発しようとしたのを老婆が手を掲げ、黙ったままで止めた。

「今度はたくさんのものに愛されているようだ。最初から……」

 老婆は言うと、また遠くを見るように目を細めた。

「ラク族ってのはみんな緑色の髪なのか?」

 無遠慮にマールが聞いた。
 失礼ですよと、いつもならパージルが諌めるところだが、パージルは少し口を開きかけて閉じた。
 緑色の髪を持つマールにとっては、必要な質問のように感じたのだ。
 老婆はマールを見遣り、また目を見開いた。

 「お前は……。そうかい。今度の黄金王は最初からラク族を従えているんだね。じゃあ、安心だ」

「どういう意味だ?」

 シンが訊ねる。

「私の仕事がひとつ減ったということだよ」

「オレは黄金王じゃない」

「オレもラク族じゃねえしな」

 首を振る二人に言って聞かせるように、老婆は人差し指を立てた。

「いいかい、お前は風のマギアを使うだろう?」

「なんで知ってる?」

 素直にマールは驚いた。
 老婆はにやりと笑った。
 答えは返って来なかった。
 その変わり、イシュタールが口を開いた。

「風のマギアは、ラク族だけのものだ。オレたちにはエスパーディアは必要ない」

「マールはラク族の出身……そういうことか?」

 老婆は頷いた。

「どういう謂れで今ここに在るのかは知らない。でも、この子は間違いなく我々と同じリュートを持っている。黄金王には太古からこの地に住まうラク族の助けが必要なんだよ」

「オレは黄金王じゃない。今の黄金王はムシュファさまだ」

 シンは繰り返した。

「あははは。あのパルシェルファはそんなに心配性ではなかったがね」

 老婆は豪快に笑うと、シンに指を突き出した。

「それは、エスパーディアたちの決めたことだろう。いかにパルソナスの王だとて、リュートの支配は逃れられないよ。いいかい。ムシュファはパルソナスの王ではあるが、『私たちの黄金王』ではない」

 はっきりと、老婆は言い切った。


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