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皆は男から冷たい印象を受けた。
しかし、いつのときも、第一印象というのは当てにならないことが多い。
男は皆を案内する間、馬には跨がらなかった。
一番足の遅いルナの歩幅に合わせて歩いた。
何かと文句を言うマールに馬の背に括り付けた水筒から水を分け与え、始終一行の体調を気にする。
意外に温かい。
イシュタールの案内でラクシュールに着く頃には、一行はすっかり彼に心を許していた。
「ここはラクシュール。ここはという言い方はおかしいか。オレたちの村は移動する。この村はラク族の首都みたいなものだな」
何百というテントが並び、雑に組まれた木材に、これまた乱雑に色々なものがぶら下がり、そのテントの間をせわしなく人と馬が行き交っている。
「まず、大婆さまのところへ案内する。そこで疑問の多くは解決するだろう」
イシュタールは古いテントに一行を導いた。
そのテントの中には、しわくちゃの老婆が座っていた。
老婆は目を閉じていた。
置物のようにぴくりとも動かなかった。
「大婆さま」
イシュタールが声をかけると、その場の空気が急に変わった。
止まっていた時間が急に動き出したような感覚だった。
「来たか……」
目を閉じたまま、老婆は言った。
一行は急に緊張した。
経験したことのない緊張感だった。
目を開けず、老婆は立ち上がると、まるで見えているように真っ直ぐシンの前に立ち、ゆっくりとその瞼を開いた。
赤い……赤い瞳。
射抜くような瞳がシンの蒼い瞳を覗く。
固まってしまったように、シンは瞬きさえできなかった。
「同じ瞳だね」
老婆は言って、品定めするように、シンを頭のてっぺんからつま先まで無遠慮に眺め、嬉しそうに頷いた。
「間違いないね。このリュートはそうだ」
老婆はそのまま元の位置に戻ると、ゆっくりと何かの動物の毛皮でできた敷物の上に先ほどのように座り込んだ。
全員の肩の力がすっと抜けた。
シンは思わず掌を何度か握りしめたり開いたりして自分の体が動くことを確認した。
「で、お前たちは黒髪について調べに来たんだろう」
言って老婆はイシュタールに合図を送り、両の手をひらひらと動かすと皆に座るように促した。
ゆっくりそろそろと一行が腰をおろす。
イシュタールがその目の前に、湯気を立てる椀をひとつずつ置いていき、最後の椀を持って、シンの隣に腰を下ろした。
「大婆さま自慢のスーチュだ。疲れがとれる。ラク族の歓迎の印だ」
椀の中を覗き込み、何事かと目を白黒させる一行に、説明するようにイシュタールは言った。
一行が同時に顔を上げると、老婆は何度も頷いてみせた。
「ゆっくりしていきな。ここはパルス神が守る地だ。教えられることは全て教えよう」
「何故、オレたちがここに来るのが解ったんですか?」
間髪を入れず、シンが最初の疑問を投げかけた。
もっともな疑問だった。
「解った?見えただけだよ。知らないかい?近い未来、それから遠い場所。私にはそれが見える」
にやりと笑って、老婆は答えた。
それを聞いたシンは遠い目をして呟いた。
「紅い瞳のホーク・アイ……」
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