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「星が落ちた」

 吐き出すように呟いて、馬上の男は漆黒のストールを口元まで引き上げ、その端正な顔を隠した。

「イシュタールさま……」

 彼の少し後ろで、同じように馬の上から空を見上げていたもう一人が、その背中に声をかける。

「黄金王からの使いが来る」

 言ってからイシュタールは手綱を引いた。

「大婆さまに知らせるぞ、リン」
「はい」

 イシュタールの跨がる白馬は、空を飛ぶように方向を変え、風のように走り出した。

 ミクラミ草原を移動しながら生活するラク族は、一カ所に集まっているわけではない。

 ミクラミの中に、小さな集落が点在している。

 その一見ばらばらのように見える集落のひとつひとつはラクシュールという一つの集団に統治されていた。

 それは所謂、首都のようなものだった。

 各集落には長がおり、その長をさらに束ねているのがラクシュールの長だ。

 そのラクシュールの現在の長に、最も信頼されている若者。

 それがイシュタールだった。

 次期族長との噂も高い彼は、若いものからも年寄りからも心厚く頼りにされていた。

「星が落ちた、大婆さま」

 ラクシュールのひと際古いテントの入り口をくぐるなり、イシュタールは言った。
 テントの中央で、まるで置物のように座り込み、大きな鍋をぐるぐると匙でかき回していた見るからに長生きしていそうな老女がその手を止めた。

 イシュタールは深く被っていたターバンを取り、ストールをくるくると腕に巻き取った。
 緑色の長い髪がさらりと肩をかすめる。

「そうかい。では、じきに来るねえ」

 老女は笑った。

「黒髪が目覚めたのか?」

「さあねえ。来てみないと解らないねえ。わしの母ならリュートの知らせも受けられたのだろうけど、わしにはその力はないからねえ」

 老女はゆっくりと目を開ける。
 
 燃えるような赤い瞳。

「パルシェルファか……懐かしいね」

 彼女はその赤い目をゆっくりと細めた。



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