17

 自室の扉を叩く音でシンは顔を上げた。
 旅に出る準備と報告書の制作に没頭していたのだが、そこではじめて外が真っ暗であることに気づいた。

「どうぞ……」

 声をかけると、ややあって、遠慮がちにゆっくりと扉が開いた。

「ごめんね、シン。邪魔?」

 ルナだった。

「いや。大丈夫だ」

 シンは立ち上がると、扉に近づいて、それを大きく開くと、ルナを招き入れた。
「セトさまが用意してくれたお部屋、とても素敵なんだけど、あんな立派な部屋に独りきりだと落ち着かなくて」

 言ってルナはくすりと笑った。

「変ね。今まではずっと独りだったのに……」

「明後日には出発だ。ミクラミまでの道中、まともな宿がとれる保証なんてない。今のうちに堪能しておけ」

 シンの言葉に、ルナはまた笑った。

 シンはルナに木造の小さなイスを勧めると、自分は立ったまま机の上の書類をまとめ始めた。

 その手もとをじっと見つめながら、ルナは笑顔を消し、小さなため息をついた。

「どうした。何か心配事でもあるのか?」

「うん……」

 ルナは頷いたきり、しばらく黙り込んでしまった。

 シンは作業の手をとめ、そばにあったイスを引き寄せると、ルナの前にそれを置き、そこに腰掛けた。

「なんだ?」

 問うシンに、躊躇しながらルナが口を開く。

「夢を見るの。たぶん、みんなが闇王って呼ぶ人の夢。真っ黒でとても怖い人。私は夢の中で、いつもその人の隣にいて……それから、手伝ってるの。彼のやること」

 そこまで言って、ルナは俯いた。

「何をやっているか解るのか?」

 シンの問いかけにルナは激しく首を振った。

「よく解らないの。でも、手伝っちゃダメって思うんだけど。それでも夢の中では彼を手伝うのを嬉しいって思ってる自分もいて……」

 少し早口でそこまで言って、ルナはまた俯いた。

 シンは応えられなかった。

「ねえ、私、シンたちといっしょに居ていいのかな?」

 本の虫のような生活を送ってきたルナが、ナルトーチカ=ルイルの名前を知らないわけがなかった。

 ジャネス=アミルの言葉。
 自分の夢。

 彼女が、ナルトーチカの生まれ変わりかもしれないと思っていることは、シンにさえ容易に想像できた。

 そして、それにとても不安を覚えていることも。

 彼女は……ルナディア=クローディルは、自分がナルトーチカの生まれ変わりかもしれないという事実を否定したいのだ。

「オレは……」

 シンは言葉に詰まった。
 何を言っても、ルナを安心させてやれる自信がなかった。
 下手な嘘でなぐさめるのも、なにか違う気がした。
 それでも……

「あんたが過去になんであったかなんて、関係ないと思うんだ。あんたがこれからどう生きていくかのほうが大事だと思う」

 そこまで言ってルナを見る。
 ルナは顔を上げて、しっかりシンを見つめていた。

「オレたちといっしょに居るのがあんたのためかどうかなんて解らない。でも、あんたの運命を動かしたのがオレたちなら、オレたちにだって責任はあるだろう?」

 少し瞳に涙を浮かべて、ルナはシンを見ていた。
 できるだけ柔らかく意識して、シンはルナに微笑みかけた。

「あんたがもういいって思うまで、いっしょに行こう」

 ルナは大きく頷いた。

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