5
マスパレスはパルスの丁度北側に位置する。
ミルチアデス戦役のおり、最前線になった街だ。
パルス侵攻の手を緩めることがなかったミルチアデスの闇王は、ここで黄金王と対峙した。
そして、イデアの裏切りにあった。
イデアは闇王の宰相エイドスのマーゴであり、妻であった。
善戦していたミルチアデスも、ここから崩れはじめる。
いわば、戦況を変えた地だ。
さらにマスパレスは、闇王の正式なマーゴ……黒髪の魔王妃ナルトーチカ=ルイルと闇王がはじめて融合した場所でもある。
「おあつらえ向きだろう?」
イデアを奉る教会の前にたって、シンは皮肉に笑った。
「でも、街の人の話じゃ、<黒髪の使者>なんてここのところ見た事もないそうだぜ」
自分の身長のゆうに三倍はあろうかという扉の上に取り付けられた、豪勢な飾り窓を見上げながら、ラクティは呟く。
「今までの街だって、ちょっと前まで<黒髪>なんて無縁だったようなところじゃないですか」
「まあ、そうだけど。おい、お前、すっかりシンの信者だな、パージル」
シンの勘を手放しで弁護するパージルに、ラクティは少々頬を膨らませる。
「シンの洞察力は素晴らしいですよ、ラクティ」
「おい、お前、オレがバカだっていいたいのか?」
「誰もそこまでは……」
いつものように揉めはじめた二人を、珍しくシンの手が止めた。
「ルナとマールは?」
シンの言葉にラクティとパージルが首を巡らせる。
「あ、マールはあそこです」
少し離れた露店の前で、緑色の髪を揺らしながら、若い女性店員と話しているマールを、すぐにパージルが発見する。
「あいつ……」
シンはため息をついて、早足でマールに近づいた。
「うわ、すまねえ。怖いのが来ちまった」
怒りに満ち満ちたリュートを隠さないままのシンにマールはすぐに気がつく。
「誰が怖いのだ。お前は本当に見境がないな」
腰に手を当てて、上から見下ろすように視線をくれたあと、シンはまたその辺りを探った。
「ルナは?」
「え?お前といっしょじゃないのか?」
マールの言葉を聞いて、珍しくはじかれたようにシンは動いた。
一気に血の気が引いた。
ここまで歩いて来た道を足早に戻る。
彼女の黒髪がバレた時、自分たちがいっしょに居ない状態で彼女がいくらも言い訳できるはずがない。
歩きながらすれ違う人に視線を向け、全神経をルナのリュートを感知することに集中した。
意外に呆気なく、ルナの姿を確認する。
怒濤のごとく、駆け寄ろうとしたが、シンはそこで足を止め、大きく深呼吸した。
そして、努めてゆっくりと、ルナに近づく。
「何してるんだ」
露店の美しい髪飾りを吸い寄せられるように見つめていたルナが振り返った。
「あ、相棒さん」
「何度も言ってるだろ。相棒じゃない。それと、あれほど、オレたちから離れるなって……」
「ごめんなさい」
そうだ。
こいつはマールのようにはいかない。
間髪を入れず謝罪されて、シンは言葉を詰まらせた。
「髪飾りですか?」
先ほどまでルナが見つめていた髪飾りを手に取って、パージルはにっこり笑った。
「なんだ、欲しいのか?買ってやれよ、シン」
ラクティが言うと、ルナは激しく首を振った。
「いいのいいの。ただ、見てただけ。キレイだなって」
「欲しいんじゃないのかあ?」
マールも首を傾けて聞いたが、ルナは今度は両手を前に差し出してそれを飛ぶほど振ってみせた。
「ううん。ホントにいいの」
ルナはシンの腕を取ると強引に歩き出した。
「ごめんなさい。待たせちゃったのね。行こう、シン」
シンは、パージルが戻した露店の髪飾りを一度ちらりと見て、それからルナに引きずられるように歩き出した。
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