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「マールは、優しい人ね」
その背中を見つめながら、ルナが言う。
シンはルナの視線につられてマールを見る。
「そうだな」
頷いた。
ルニエを出てから、ルナとゆっくり話すことがない。
機会はたくさんあったが、正直、何を話したらいいか解らない。
けれどもシンは、彼女のことをもっと知りたいと思っていた。
もちろん、何故彼女が黒髪に生まれついたのかとか、どういう経緯でルニエの教会に幽閉に近い状態で存在したのかとか、そういう実質的な興味もあったが、シンを支配している「知りたい」という感情はもっと単純なものであった。
彼女はどんな時に笑うのか。
彼女はどんな時に泣くのか。
彼女はどんな時に怒るのか。
単純であるがゆえ、何故、そのようなどうでも良いことが知りたいのか、シンには理解できなかった。
そして、どういう会話をすれば、それを知る事ができるのかも解らない。
思わず声をかけても、その後の会話が続かない。
ルニエを出てから何度か繰り返してきた、その、堂々巡りの思考の中、シンは口を開きかけては閉じていた。
何度も。
「ありがとう」
美しい笑顔とともに、突然、差し出すようにルナが言った。
面食らって、シンはルナを見た。
「オレ?」
「そう。ありがとう、シン」
確信をもって彼女は礼を言うが、シンには何に対しての礼なのか解らなかった。
「何に対してだ?」
素直に口にする。
彼女はさらに笑顔を強め、その輪郭さえはっきりとさせると、首を傾けた。
「そのうち解るわ」
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