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「うざいなあ」
ルナをちらりと見て、マールが言った。
「ごめんなさい」
「いやいや、お前が謝るなよ」
草の上に不器用に座り、足をさするルナの隣に、マールは無遠慮に腰を下ろす。
そして、まじまじとルナに視線を送った。
「やっぱり、うざい」
マールはルナに手を伸ばすと、ルナの美しい顔を目元まで覆っている頭巾を指先で後ろに跳ね上げた。
「あ」
ルナは小さく声を上げて頭巾を抑えようとしたが、戦闘経験も増えて来たマールの反射神経に叶うはずもなかった。
気持ちのよい風に、黒髪が流される。
ルナの指はそれを抑えるカタチになった。
マールはしてやったりという顔で口元を軽く歪めた。
「誰も見てない」
マールは悪戯な笑顔をゆっくりと優しく慈しむような笑顔に変えた。
「だけど……」
呟くとルナはマールから視線を反らし、少し離れた場所に視線を向けた。
シンとラクティは草の上に慣れたように座り、剣の手入れをしている。
パージルはなにやら小さな書物を読んでいた。
「あいつらだって気にしてないだろ?」
ルナは少し間を置いて、それから頷いた。
「こんな風の気持ちいい時に、そんなうざいもん被ってんなって」
「でも、エスパーディア・ヴィッシュと約束したから」
そう言って、またルナは俯いた。
「だからオレは相談すんなって言ったのに」
憎々しげに呟いて、マールはシンに視線を向けた。
「私がいるからみんなを危険なめに合わせるのはイヤ」
「合わないって。髪の色くらいでさ」
「マールには解らないわ」
マールの言葉に、顔を上げ、ルナは珍しく強く言った。
ルナは自分の頬が熱くなるのを感じた。
初めての体験だった。
「解るね」
そんなルナのことを見ても、マールはとても涼しく言う。
「どうして?解るわけないじゃない」
その態度がさらにルナの気持ちを熱くさせた。
ルナは疑わなかった。
これは自分だけに振り返った不幸だ。
たかだか髪の色だけで、周りの見る目が変わる。
そんな不幸な目にあっているのは世界中探しても自分だけだ。
残念ながら、今までのルナの世界のすべては、あの狭い教会とそこに訊ねてくる者だけだった。
だから、強く思っていた。
不幸なのは自分だけだ。
マールの次の言葉を聞くまでは。
「オレもそうだったからさ」
またも涼しく、マールは言ってルナに微笑みかけた。
いつもと変わらぬ笑顔のようだったが、その笑顔がほんの少し寂しげだった。
「え?」
「もっとも、オレはお前と逆だったんだけど」
マールは遠くを見た。
「逆って?」
「オレは期待され過ぎたクチだ。たかだか髪の色で」
ルナだって知っている。
幼い頃は教会に教師が来ていた。
それから食料や日用品を運んでくる荷車の馭者は、熱心な英雄の信者だった。
ミルチアデスを滅ぼしたのはユミエル。
緑色の髪のエスパーディア。
思わず、ルナはマールの髪に視線をやった。
「ユミエルは英雄だぜ」
自分自身をバカにするように、マールは笑った。
言葉が出ず、ルナは頷く。
「オレの親父とおふくろは栗色の髪だった。ちょうどラクティみたいなさ」
言ってマールはラクティを指差す。
その口調から、マールはその両親のことが大好きなのだと伺い知ることができた。
「本当の両親じゃないって知った時、オレは二人の期待も知ったね」
世間に疎いルナでさえ、その期待は解るような気がした。 そして、その期待に対して、マールがどう思ったかは手に取るように解った。
大好きな人に気に入ってもらえるように努力する。
ルナも昔、そうだった気がする。
自分が黒髪ということを覆い隠してしまうほど、自分が頑張れば、みなに好かれるのではないかと。
「そりゃ、必死だったさ。この髪に見合うような力を持たなきゃってね」
どういう言葉をかけてよいのか解らず、ルナはひたすら頷いた。
「だけどさ、いつまで経ってもエスパーディアが現れない」
そこまで言って、マールは一度言葉を切る。
そして、振り切るように続けた。
「だから、オレは潰れる前に逃げた。逃げることなんてなんもないのに」
マールはゆっくりとルナに微笑みかけ、その髪を一束指先に取ると、それを優しく風に乗せてみせた。
「どうどうとしてろよ。今のオレにはシンたちがいるし、お前だってそうだろ」
言っていることは解る。
けれどルナはすぐには頷けなかった。
そんなルナに優しく笑って、マールは彼女の頬にそっと触れた。
「なあ、ルナ。孤独じゃないって最強だと思わないか?」
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