5
「何か欲しいものはある?相棒さん」
ルナは努めて元気良くベッドの上の黄金色の髪の男に声をかけた。
しばらく、応えはなかった。
聞こえなかったのかと心配になりはじめた時。
「シンだ」
シンは応えた。
「え?」
思わずルナが聞き返す。
「オレの名前。シン=リンピエザ」
「それじゃあ、シン。何か欲しいものはある?」
「いや……」
そこまで言って、またシンは黙った。
べッドの脇の少し大造りな窓から差し込む陽の光が、彼の黄金の髪をさらに輝かせている。
しばし、ルナは彼の次の言葉を待ったが、彼は黙って天井を見つめたままだった。
「マールはおしゃべりなのに、シンはあまりしゃべらないのね」
「そうだな。オレは聞くほうが多いな」
沈黙に耐えられず、ルナは口を開いた。
だがシンは短く応えたあと、また押し黙った。
陽の光がくるくると動く。
外を小鳥たちが巡っているのだ。
いつも見る光景が、今日は少し違って見える。
突然、日常を切り裂いたこの訪問者は、ルナに不安ではなく、感じた事のない大きな期待を運んできた。
それが何とははっきり言えない。
しかし、間違いなく、ルナの心は高揚していた。
どうにかして、この訪問者と接点を持とうとくるくると考えてみたが、どうにも良い案が浮かばない。
なにしろルナは、人と接することが今まで極端に少なかったのだ。
「ごめんなさい。ずっと独りだったから何を話していいのか解らないの」
考えあぐねて出た言葉はじつに単純で素直なものだった。
その素直な気持ちが一番シンの心を動かしたようだった。
「独り?」
訊ねたあと間をあけず、シンが首を巡らせて、ルナを見た。
視線が合う。
ルナは小さく頷いた。
「そう、独り」
「両親は?」
「死んだわ。ずっと昔。もう顔も覚えてない」
「親戚は?」
矢継ぎ早に会話が進んだが、その質問にルナは思わず黙って俯いてしまった。
「黒髪……か……」
呟くようなシンの言葉に、はじかれたように、ルナは顔を挙げた。
その沈黙で、シンは全てを納得したようだった。
また視線を天井にもどす。
しばしの沈黙が流れる。
ルナは折角続いていた会話を自分が止めてしまったことに酷く後悔し、纏う空気を沈ませた。
「エスパーディアには……」
天井に視線を向けたまま、突然、シンが口を開いた。
「え?」
思わず悲鳴のような声が出た。
その声が滑稽だったのか、シンは薄く笑って、ルナのほうを見た。
そして諭すように続けた。
「必ずマーゴがいるんだ。ともに闘う仲間」
「うん。聞いたことある」
「オレにはマーゴがいない。ずっと独りだと思ってた」
「独り?」
「そう、独り」
シンがそう応えたあと、しばらく見つめ合って、どちらからともなく吹き出した。
今まで、人とこんなに笑い合ったことがあっただろうか。
「マールは?」
「さあな。まだ神託がおりてないんだ」
言ってシンは、ほう……と、深いため息をついた。
「どっちでもいいのかもな。例えマールがオレのマーゴじゃなくても。融合できなくても……ともに闘う仲間。それがオレには必要なんだ」
明らかに、ルナに説明してやる名目で自分に言い聞かせているようだった。
「あいつに会ってから、オレは独りじゃなくなったからな」
今までのマールとの時間を思い出したのか、そこでシンは鼻で笑った。
ルナの目にはとても幸せそうに見えた。
「どのみちあいつは……」
言葉を続けようとしたシンをそっと人差し指をたてて止めると、ルナは続いたであろう言葉をその可憐な唇に乗せた。
「まともに修行しないから」
また、二人で笑った。
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