3

露に濡れる濃い緑色をかき分けると、突然、目の前に整然とした庭が広がった。
マールはとっさにその視線を庭中に走らせた。
先ほどまでの喧噪とは無縁の穏やかな空気が流れている。
どこからともなく小鳥の声が聞こえ、緑色の中にところどころ鏤められた小さな花の周りを、虫たちが行き来している。
急に何か異空間の扉を開けたようだった。
取り残されたように、ゆっくりと時間が流れているような気持ちにさえなる。
深呼吸して、マールはその空気の中に自分のリズムを合わせた。
多少安心して、シンの体を抱え直す。
「大丈夫か?シン」
反応はない。
そっと口元に手をかざしてみる。
細い息がその手をくすぐった。
マールは小さく息を吐いた。
もう一度庭を見る。
緑色が囲う白い石畳を視線で辿ると、その行き着く先に石造りのしっかりした建物が見えた。
作りからして教会らしい。
もっとも、マールはルニエの建物なんて見慣れていないものだから、はっきりそれが教会であると言えるわけではない。
ただ、アドメントの街のそれと、かなり似通っていたから、おそらく教会だと思った。
「シン、行くぞ」
とりあえず、あの建物まで行きつくしかなさそうだと観念して、マールはシンの体を背負った。
「しっかりしろよ」
答えないのは解っていたが、シンの意識をつなぎ止めるように、マールは声をかけ続けた。
アドメントで荷運びの仕事などをしていたのが、こんなところで役に立つとは思わなかった。
重いものを運ぶのは慣れているとはいえ、やはり、鍛えられた男性ひとり背負って歩くのは骨が折れた。
教会の玄関と庭を繋ぐ階段まで来て、マールは一度シンの体をおろした。
「まったくなんで力仕事だよ。オレはマーゴ見習いだぞ」
シンの体をいたわりながら、マールは毒づいた。
そこでやっとシンの体の傷を確認する。
黒髪の使者の与えた傷は、シンの左肩から肩甲骨の辺りまで走り、そこで止まっている。
致命傷ではないようだ。
「まったく運のいいヤツだぜ」
傷口に手を当て、パラブラスを口にしようとした瞬間だった。
鈍い音で建物のドアが開いた。
重そうなドアの隙間から、白い階段の上を人影が伸びる。
「誰?」
身構えようとしたマールはその声の美しさに、力を抜いた。
つま先の少し尖った古くさいデザインの靴が見えた。
そこから伸びる白い足がのぞいているのはわずかで、すぐに淡いピンク色の布に隠された。
マールは、ゆっくりと、顔を上げた。
その人物のすべてを確認した瞬間。
マールの体にどっと一気に血が流れた。

その瞳は、大きな澄んだ黒瞳。
その髪は、流れるような美しい黒髪。

黒髪、黒瞳は闇王に忠誠を誓う印。

咄嗟に、マールはシンをかばうように抱きかかえた。
しかし、彼女の態度はマールの想像と違った。
「その人……ケガしてるの?」
心配そうに震える声。
根拠もなく、マールは『こいつは大丈夫だ』と思った。
「すまねえな。口説いてやる余裕もねえんだ」
黒髪ではない普通の少女にいつも言うセリフを吐いて、マールはまたシンに向き直ると、今度は確実にパラブラスを唱えた。
柔らかい光が、シンの傷口をゆっくりと包む。
「あなた、マギアが使えるの?」
少女はゆっくりと二人に近づいてくると、マールの手にそっとその白い細い指を重ねた。
「私にやらせて」
彼女の手から、マールのモノよりももっと強い光が射した。
マールはひどく驚いて、思わずその手を引っ込める。
「あんた……」
黒髪、黒瞳、マギア……
不吉なものを全て持ったその美しい少女は、熱心にシンの傷口を見つめ、そしてそれに比例して、傷口はみるみる塞がった。
明らかに、マールよりも力が強い。
マールは息を飲んだ。
なぜだか、危険だという気持ちは微塵もない。
完全に塞がった傷口を確認して、手を引っ込めると、恥ずかしそうに頬を染めて、彼女はゆっくりマールに笑いかけた。
「お友達を中で休ませたらいいわ。私はルナ。ずっとここに独りで住んでるの。誰も来ないわ。大丈夫」
マールたちを追われている人間だと思ったらしい。
「そうだな、ありがたい。オレは仲間と連絡とらなきゃならないんだ。戻るまでこいつを見ててくれるか?」
マールはシンを抱え上げながら彼女に微笑み返した。
彼女は花のように笑ってこくりと小さく頷いた。


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