16
さて、アドメントから一時ヒトガタの脅威は去ったようだ。
というのが騎士団の判断だった。
なにしろそれから一ヶ月、ラシャの出荷があらかた終わってしまうまで、これといった事件は起こらなかったのである。
正直、シンは苛ついていた。
騎士団の判断が降りるまで、アドメントに缶詰だ。
シンの目的はひとつだった。
まだ見ぬ相棒を探すこと。
シンは頭の隅でもしかしたら……と、思っていた。
セトが聞いたら、また眉をしかめるかもしれない。
『お前は自分のマーゴが修行を中途で投げ出すような者でも良いのか』
だが、一度とらわれた考えが、シンの頭からなかなか離れなかった。
そのマールは、ここ一ヶ月、騎士団預かりの謹慎で会う事さえかなわなかった。
シンは何度もヴィッシュに交渉したが、彼もなかなか首を縦に振らなかった。
今朝、ヴィッシュから三人に呼び出しがかかり、これはと思って駆けつけたシンたちに、ヴィッシュから出た言葉は意外なものだった。
「昨日、ルニエの支部が奇襲を受けた。言うまでもないが、<黒髪の使者>にだ」
「奇襲……ですか?」
自分の願いが叶ったわけではないことを知って肩を落とすシンに変わり、訊ねたのはパージルだった。
「そうだ」
ヴィッシュは深く頷いた。
「騎士団の支部に?エスパーディアの固まってるとこには<黒髪>は近寄らない……」
そこまで言って、ラクティは言葉を切った。
「今までの常識は通用しない……か……」
「しかもな、ラクティよ。報告に寄ると、ヤツら、統率の取れた軍団のようだったというのだよ。誰かに命令されて動いているようだったとな」
そこまで言って、信じられないというように、ヴィッシュは無骨な腕を広げてみせた。
「あいつか……」
自分の思惑が叶わなかったことに落胆し、憮然として会話を聞いていたシンがぼそりと呟いた。
シンの脳裏には一ヶ月前、不適な笑顔を見せて消えた、美しい青年の顔が浮かんでいた。
悔しそうに唇をかむ。
シンは今まで一度も相手に逃げられたことがなかったのだ。
シンの言葉に、みんな頷いた。
「希望的に言って、街を襲うヒトガタがそうたくさん居て欲しくはないからな」
ラクティが悪戯に笑った。
「ここと違い、ルニエの脅威は去ったわけではない。そこでだ」
ヴィッシュはそこまでいうと大きく息を吸い込んだ。
「ルニエに行けっていうんでしょう?」
自分の言葉をラクティが奪ったので、ヴィッシュは微苦笑を浮かべて頷いた。
「それと、もう一つ。おい!」
三人は、ヴィッシュが声をかけた方角を同時に見た。
そこには、いつの間にか、マールがいつものように嘲笑を浮かべていた。
「マール!」
呼びかけたのはシンではなく、パージルだった。
マールは、照れくさそうに鼻をこすった。
「こいつを連れて行ってくれ。こんな半端なヤツの面倒はみたくないだろうが、お前たちの預かりにすることに決定した」
「ちょっと!決定したって!」
思わずラクティは叫んだ。
「いやいや、その反応は解る。だがな、こいつにはエスパーディアが居ないのよ」
はじかれたように、シンはヴィッシュに目を向けた。
意味深にヴィッシュが笑う。
「実は、こいつの頓挫の理由はほとんどがそれなのよ」
シンがマールを見る。
痛いほどの期待の視線に、マールは呆れ顔でその視線を避けるように両方の掌をシンに向けた。
「おいおい。だからってオレがお前のマーゴだって決まったわけじゃないぜ」
それでも何か言いたげなシンにため息をついて、マールはシンを受け入れるように腕を下げた。
「もともと、めんどくさいのは嫌いなんだ。アンタは『奇跡のエスパーディア』だし面倒なことも多そうだ。だけど、どうせオレの自由はなくなったしな。なにより……」
言ってマールはまた瞳を輝かせた。
「お前ら、おもしろいからな」
それから、いつにない真剣な表情を見せる。
「オレはハンパもんだけど、約束は守る質なんだ。オレはあんたらについて行くって決めた。決めた限りは最善はつくす」
言いながら、ゆっくりシンに近づくとマールはシンの瞳を射抜くように見つめた。
「オレにはもともとエスパーディアが誰とか、世直しとか、まったく興味ないんだ。もしかしたら、オレはアンタのマーゴかもしれないし、違うかもしれない。例え、神託がおりなくても、そんなのオレには関係ない。オレは決めた。オレはアンタの背中を守る。命をかけてだ。融合なんてクソクラエだ。神様がどうにかしてくれるなんて元々信じちゃいないけど、オレは全部のパルソナスの神々と、このヴィッシュに誓うよ」
そこまで一気に捲し立て、それから一度息をついで、言った。
「アンタの背中は命がけでオレが守る。少なくとも、アンタにマーゴが現れるまではな」
言って、人差し指を立て、ぽんと、シンの胸を突いた。
「よろしくな、シン」
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