15

「これは、これは……珍しい客人だな。元気か?マール」
 マールの顔を見るなり、ヴィッシュは悪戯に笑顔を浮かべた。
「ヴィッシュさまも元気そうですね」
 ぞんざいにマールが言う。
「お二人は既知の仲でしたか」
 驚いた風もなく、シンは言った。
「事のあらましは聞いた。私から説明したほうが早かろう。マールはわしのところでマーゴの修行をしていたのだ。もっとも、途中で頓挫したのだがな」
 ヴィッシュの言葉に照れくさそうに鼻をかいて、マールはちらりとシンの顔を見た。
「頓挫した?」
 一瞬、マールに視線を寄せたが、シンはすぐにヴィッシュのほうを向き直って訊ねた。
「そうだ」
 ヴィッシュは大きく頷いた。
「優秀なマーゴの素質を持ちながらこいつは修行をすっかり投げ出したのよ」
 三人が信じられないという顔でマールを見る。
 集中した視線の痛みに耐えきれず、マールは独特の、嘲るような表情を作ってみせた。
 マギアの力は天賦の才である。
 生まれた時から資質のあるものがいて、誰でも使えるというものではない。
 ただ、その資質がある者が全員マーゴになるわけではないのだ。
 マギアを制御する方法を学ばなければならない。
 ほとんどの者は、修行によって、その制御方法を学ぶ。
 マギアはパラブラス(呪文)で力を得る。
 そしてパラブラスは修行しなければ、意味を持たない。
 パラブラスを知り、それに意味を持たせなければ、マギアはまともには使えない。
 まともに使えなければ、やがて、力は失われていくのだ。
 パルソナスの神々はそこまで甘くない。
 修行を頓挫した者になど、いつまでも力を与えない。
 やりようによっては、これでもかというほど強い力を得ることもできるが、そうでなければ、次第に弱くなり、やがて失われる。
 ……はずである。
「どうやって?」
 色々な感情がごった煮のスープを鍋でかき回されているようにぐるぐる巡り、シンはあらゆる質問をすっ飛ばして、思わず口走った。
 シン本人さえ解らない質問の内容を了解したのかしていないのか、マールは黙ったまま不適に笑うと、片手をひょいっと持ち上げた。
 手の甲を上にして、そのまま空間を握りしめる。
 そしてそれをゆっくりひっくり返すと、次の瞬間に素早く開いた。
 マールの手の平の上に、燃える炎が現れた。
 それを派手な仕草で再び握り、今度は小指から一本一本開いて行く。
 そのたびに、彼の指から、さらさらと細かい粒子の砂粒が流れた。
 しばしの沈黙の後……
「修行を続けていたのかな?マール」
 静かに、ヴィッシュが言う。
 マールは答えなかった。
 ヴィッシュはいつもの冗談めかした笑顔を消し、難しい顔で唸った。
 簡単なマギアなら、パラブラスを口に出さずとも、心の中で唱えるだけでよい。
 しかし、それは免許皆伝でなければ難しい。
 中級クラスでケツを割ったマールになど、できるわけがない。
 ……はずである。
「わしの目も腐ったか」
 一言呟いて、ヴィッシュはすべてを振り払うようにひらひらと掌を振ると、イスの背もたれに体を預けた。
「まあよい、マールの件はまた考えるとしよう。さて、ヒトガタについて報告を聞こうか。そちらのほうが火急であるしな」
 非常識この上ないマールの存在に心を奪われていた三人は、ヴィッシュの言葉で我に返って、阿呆のような顔から、騎士の顔に戻った。
 

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