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「ヒトガタですか?」
 信じられないという顔でパージルが聞き返す。
 ヴィッシュは大きく頷いた。
「しかし、ここは女神ユミエルのお膝元です」
「アドメントは女神ユミエルの生まれ故郷。ユミエルの名に恐怖を抱く<黒髪の使者>たちが手を出すはずがない。ましてや感情も考える力も持ち合わせたヒトガタとなると近づきさえもしないだろう……と、いうのは我々の勝手な解釈かもしれんぞ」
 ヴィッシュは眉根を寄せて言った。
「でも……」
 それでも、パージルは食いつこうとするが、それ以上言葉が出て来なかった。
 確かに、ヴィッシュの言う通り、今まで信じていた常識には何の根拠もない。
「オレたちは、実は<黒髪の使者>については何も知らないからな。知ってるのは、闘い方くらいだ。実は、そんなの何の役にも立たないのさ」
 腕を組んで悪びれる風もなく言うラクティをちらりと見て、ヴィッシュは話題にそぐわない明るさで笑った。
「ラクティよ。お前はなかなか小賢しい男だな。侮っていたわ」
 ラクティの言葉に、パージルは肝を冷やしてその額にうっすら汗を浮かべていた。
 それは当然。
 今、ラクティは、自分たちが身を置き、もっとも信頼するべき騎士団の存在を根っから全否定したのである。
 しかも、その中でも上位のうちの上位。
 最上位にランクインするほどの上位エスパーディアであるヴィッシュを目の前にしてである。
 優等生で真面目で堅物のパージルにとっては、信じがたい行為だった。
 もっとも、ラクティのマーゴでいる限りはこのようなことは日常茶飯事で、それに近いことは今までに何度も経験してきたのであるが、それにしても、今のはひどい。
 さしものパージルも諌めることもできずに目を白黒させていた。
「100年祭……か……」
 全てのやり取りを傍観しているように眺めていたシンがぽつりと呟いた。
「え?」
 ラクティとパージルが同時にシンを見る。
「あ、いや……」
 二人の迫力に押されてシンは口ごもった。
 ヴィッシュはその瞳に悪戯な光を宿らせて喉の奥で笑った。
「どうやら、『奇跡のエスパーディア』は伊達ではなさそうだな。続けろ、シン」
 その声音にも鋭さが宿る。
 シンは一瞬戸惑ったが、言われるまま続けた。
「オレたちの語っている神話は実は神話なんかじゃない……100年前に実際に起こったことだ。100年なんて、歴史からしてみたらついこの間のことだと思わないか?」
 そこまで一気に言って、シンは息をついた。
「100年前、黄金の太陽王パルシェルファは誰と闘った?」
 シンは問うてラクティとパージルを交互に見た。
「……闇……王?」
 ほぼ、二人同時に答えた。
 それを受けて、堰を切ったようにシンは続けた。
「『黒髪黒瞳は闇王に忠誠を誓う印』なあ、オレたちが信じてきたこの言葉はただの言い伝えじゃないよな。だったら、<黒髪の使者>は一体なんだ?なぜ、100年祭を目の前にして、その数を爆発的に増やしてる?なんでアドメントにヒトガタまで現れるんだ」
 また、息をついて、そして恐ろしくゆっくりとシンは続けた。
「オレたちは神話にもうひとつ予言を付け加えなくちゃいけなかったんだ。『100年後、闇王は復活する』」
 シンが言い切った瞬間、ヴィッシュがまた高笑いをしてみせた。
「シンよ。お前は上位マーゴが使う<真実の瞳>が使えるのか?それとも我々騎士団の支部長クラスしか読むことを許されていない密書を読んだことでもあるのかな?」
 シンは恥ずかしそうに俯いた。
「少し深く考えれば解ることです、ヴィッシュ。オレたちは平和を信用しすぎてる」
 ヴィッシュは深く頷くと落ち着くように大きく深呼吸した。
「確信はない。だが、あらゆる支部長から報告が来ている。今や油断ならん。取り越し苦労だとは思いたいが用心するに越したことはない」
 ラクティは、その言葉を聞いて、瞳を輝かせた。
「で、騎士団はオレたちに何をやらせたいんですかね」
「失礼ですよ、ラクティ」
 今度は、パージルがきちんと諌めた。
「よいよい、パージルよ。先ほども言ったが、わしは固いのは大嫌いじゃ。さて、ラクティの言う通り、我々は<黒髪の使者>について何も知らん」
「調べろってことですか?」
「ゆくゆくはな。ひとまず、このアドメントに忍び込んだヒトガタを捕らえて欲しいんじゃ。アドメントの騎士団はマーゴも含めて面が割れておるからな」
 ヴィッシュからの依頼を聞いて、シンは顔をゆがめた。
 つい先日、騎士団に入団したばかりの自分たちにとっては荷が重い気がする。
 しかも、三人こっきりで、自分にはマーゴがいない。
「試してみるってことですか?」
 無遠慮に訊くと、ヴィッシュは不適に笑った。
「期待してるぞ、シン」
 肯定でも否定でもない言葉をヴィッシュはシンに投げた。
 


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