寄せれば返る道理などなく



 一係のアバター事件の犯人・御堂将剛は、一係の捜査により犯罪係数300オーバーの重篤犯罪者としてエリミネーターで執行された。
数日後、三係に新たに監視官・錫木すずき萌が配属された。
VRコミュフィールドを運営するフリーゲームプレーヤーで蘭具の友人だった。
個人情報漏洩の件も、彼が進言したことにより判明した上、例のスプーキーブーギーのオフ会にも参加していたそうだ。
情報処理能力が非常に高く、厚生省から今年6月にスカウト。
研修所を卒業した為、今月三係に配属。
監視官としての初めての後輩に、実冥は緊張しながらも笑顔を浮かべ配属の挨拶に「よろしくお願いします。私は逢魔実冥と申します。不安なこともあるかもしれませんが、バックアップしますので何かあったら遠慮なく言ってください」と返した。



「先日のスプーキーブーギーとタリスマン、メランコリアの件は残念ですけど、配属前に力になれてよかったですよ」



「現代の日本は殆どがデジタル化されていますから錫木さんのように、ネットに強い方が入ってくれて心強いです」



「今追ってる事件って…ふぅん、誘拐事件ですか…。こういうのも三係が担当するんです?てっきり俺はネット関連かと思ってたんですけど」



「勿論、ネット系の犯罪は優先的に三係に回ってくるようになると思います。ですが、刑事課は常に人員不足で…一係も二係も手が回らない事件は三係に回ってきますよ。それと勤務時間中に通報が来た事件も担当します」



「へーーー」



それから錫木が配属されるのと同時に施設から適性のある人物の執行官へ勧誘手続きを局長から指示されており、本格的に三係の欠員補充が行われていった。
誘拐事件は、これもまた目撃情報が少なく、犯人は街頭スキャナを避けて通っている可能性が高い。
そして厄介なことに、その後の足取りがつかめないのだ。
「なんで子供も狙うんでしょうかぁ〜」と百田が漏らした言葉に蘭具は「そりゃ、犯人が大人であれば連れ去るのも容易でしょ。百田の貧弱な体でもお菓子持って遊びに行こうなんて誘えばホイホイついてくる子は着いてくる。特に、シビュラ監視下でそういう犯罪が起こるわけがないって思っている一般の親は知らない人には気を付けて、なんていう昔の謳い文句も言わなくなってるだろうし」と答えた。
人目に付きづらい深夜の時間帯に行われているのでは、と思った実冥は、菅原の保護後、蘭具と聞き込み調査に出たわけだが、仕事終わりの社会人たちやホロアバターの夜のお店に入っていく大人くらいしか見当たらなかった。
路地裏や廃棄区画近くの住民にも、そういった怪しい人物は見ていない、と言われ、完全に頓挫していた。
こうしているうちにもまた新たに犠牲が出るかと思うと、実冥は体を動かさずにはいれなかった。



「外回り、行ってきます」



「え、実冥さん新人さん置いていっちゃうんですか?」



「何かあれば連絡いただければ。私、情報は足で稼ぐタイプなんですよ、蘭具さん同行お願いします」



「はい。監視官といえど錫木と一緒じゃ一緒にネットゲームして時間終わりそうだし仕事になんない」



「それは言えてるかもなぁ。んじゃ、俺なりに調べさせてもらいまーっす」



「ええーー!!蘭具君に似た感じのオタクと…?!狡噛君とか宜野座監視官とかイケメンとがよかった…いっそのこと2人がいる空間を吸っていたかった……」



「あはは。頼りにしています」



三係のオフィスから出て「そういえばオフ会終わり、付き合ってくださってありがとーございました」と蘭具がぺこり、小さくお辞儀して言った。
実冥はそれにパチパチ、と瞬きをして「いえ。あの位、いつでもいいですよ」と笑って返す。
それに蘭具はやっぱり、と目を細める。
この監視官、聞いていた監視官の姿と一致せず、潜在犯である自分にも対等であるように接してくる。
付き合ってもらったオフ会のやり直しにも、本来であれば本物のお酒なんて色相が濁るため避けるものだが、実冥は戸惑うこともなく飲む量は少なくはあったが付き合ってくれたのだ。
そもそも時間外で執行官に付き合うなんてこと自体珍しい…と他の執行官に聞いていたが、逆に二係の神月なんかから監視官が実冥で羨ましい、とまで言われたくらい珍しいのだろう。
ただ、度々狡噛からは視線を感じる。
人目を気にする蘭具だからこそ気付ける程度ではあるが、確実に敵視されている、と感じていた。
先日のスプーキーブーギーの保護後、公安局のエントランスでの様子からも…実冥には懇意にしている、とは言ったが、それ以上の感情をお互い抱いているとも。
執筆していた漫画は恋愛ものではないにしろ、どんなバトルものやミステリー、シリアスに至るまで、恋愛という人間感情は必ずと言っていいほど表現される。
蘭具は、以前言った通り、シビュラの示す相性判断のみで行うそれには反対である。
しかし彼の周りにいる人間は男も女もシビュラの示す通りの恋愛しか行わなかった。
それが退屈であり、描こうとも思わなかったのだが、狡噛と実冥はシステムの意思とは別に己の意思でその感情を抱いているのではないか、と思い、ますます蘭具の興味を引いた。

誤解されないように言えば、蘭具は狡噛の事も好ましく思っている。

狡噛が元監視官、というのは執行官の間では有名な話だ。
蘭具が集めた情報としては監視官時代の未解決事件を引きずってその解決の為に執行官になって戻って来た、その手伝いを実冥がしていた、と。
一係監視官の間だけだと周りは思っているようだったが、今でもそれは続いているんだろうと蘭具は思った。
実質、まだ未熟だろう実冥が異動になったのはそれが原因じゃないのか、との噂もあるくらいだった。
だが実冥はその予想の上を行く。
あれは、自分のことを構わない。
人を助けること、誰かの為になること、それが彼女の最大の幸福なのだろう。
彼女の色相、濁らないわけではないが、規定値内をキープしている。
そういう考えをシビュラが人々に求めているというのであれば、蘭具は胸糞悪い話だ、と思った。














 廃棄区画・扇島。
国内最大と言われる神奈川県にある人工島だ。
その巨大さ故に廃棄区画内の独自の経済活動が形成されている。
臭いものにフタをする。
そこには世を捨てた人、無戸籍で表では生きていけない人間がシビュラの目から逃れるために暮らしている。
確かに存在しているそこは、公式には「無人区画」だということにされていた。
被害者の一人がそこに入っていた、という情報と、最近そんな廃棄区画内で流行っている食べ物がありそれを買いに行くんだと言っていた、と情報を得た実冥と蘭具は、その広い廃棄区画に足を運んでいた。



「ああ、流行ってる缶詰肉があるんだよ。クリアミートって俗称で安価だし、食べれば色相が綺麗になるってな。廃棄区画の人間だなんて表にでりゃ即死刑の人間ばっかりだ。それに、旨いんだ」



それはどこで手に入りますか?
と目線を合わせて尋ねる実冥の後ろで警戒する蘭具。
家屋のような建物がそこに住まう人々の手により増改築を繰り返され崩れそうな塩梅で成り立っており、酷く傷んでいる。
彼らのいる小路は生ごみの腐乱臭が漂い、奇妙な色をしたどこから流れているのか分からない汚水にはネズミの死体や虫たちの死骸が当たり前のように浮かんでいる。
よくもまぁ、そんな汚い場所に手をついたり膝をつけたり、顔色一つ変えず微笑んで対応できるもんだ、とある意味感心した。
定期的に売りに来る男がいるらしい。
時期はまばらで、先日来たばかりですぐに売り切れ、また来たらいいんじゃないか、刑事さんとボロ布をつなぎ合わせたような衣類を身に着け、虫が周りを舞っている男はところどころ抜け落ちた歯を見せながら笑った。
ありがとうございます。
そう言って頭を下げた実冥は、これはほんの気持ちです、と男の手を包むように握り、手の中に何かを滑り込ませた。
それは、周りに見せないような意図があった。
ちら、と指の隙間からそれを見た男は少し大きく目を見開いたかと思うと、すぐさまポケットに手を入れた。
繁華街もある扇島だが、それよりも路地裏で生活する人の方が情報を持っている可能性がある、とあえて自ら暗い道を歩いていく実冥にため息を吐き出したかった蘭具だった。
そういう人間ほど、何をするか分からないからだ。
男から離れ、自分よりはるかに小さい上司に、蘭具は小声で「今の、賄賂ですか。アンタみたいな人間がああいうことするなんて思いませんでした。味を占めますし、責任がなさ過ぎます」と咎める。
小さく微笑んで自然と目線だけ上を向けた実冥は「ここの習わしに沿っただけですよ」と言った。



「ここでは昔から、やり取りは金銭ではなく価値ある物で交換していたそうです」



「だから?」



「彼は十分な情報をくれました。その対価を払っただけです」



「その対価っての、物によっては悲劇を生むんですけど…」



「廃棄区画でも多少秩序は成り立っています。彼らは彼らなりのルールがある。郷に入っては郷に従え、ですよ」



「いや、僕ことわざにはあんまり詳しくないんで」



「その土地や社会集団に入った場合、自分の価値観と違っていてもその土地・集団によって形成された慣習や風俗にあった行動をとるべきだという教えです」



「へぇー勉強になりますわ」



僕、逢魔監視官ならここの人達も救いたいって言うと思いました。と辺りを警戒しつつ歩く蘭具の言葉に困ったように実冥は笑った。
助けを求める人たちなら、そうしたいですけれど。と答えたそれに蘭具は顔を実冥に向ける。
そんな彼女は、古ぼけ、歩くたびに響く金属音を立てながら今もキラキラとにぎやかな繁華街を眺めて「蘭具さんは、彼らが不幸に見えますか?」と尋ねた。
その問いに、蘭具は実冥のつむじ越しに繁華街を見る。
わはは、と笑い合い、シビュラの目も気にすることなく伸びやかに暮らしているように見えた。
彼らは存在を否定されたが、同じ境遇の人間同士、捨てられた世界で彼らなりの世界を形成している。
なるほど、到底救われたい、この世界から手を差し伸べてシビュラの恩恵の下へ連れ出してほしいと望んでいる人間なんて少なくとも今の光景下にいる人間たちの中にはいないように蘭具は思った。



「でも、なんでそんな奴らが色相が綺麗になる肉なんて買うんですかね」



「さぁ………推測ですが、元々ここでは表の様に当たり前にハイパーオーツ食が普及しているわけではなく、廃棄食品や自営で育てたものを食して生活しています。そんな中、怪しいとはいえ安価で食べ物…しかもタンパク質を提供されれば手を伸ばしたくもなるでしょう」



「あー…ハイパーオーツって、栄養価もカロリーも自由自在ですしね。そうかそうか」



「…もうこんな時間ですか。今日はここで切り上げましょう。彼の情報が正しければ、そのクリアミートなる缶詰の回収は難しそうですし」



「そう言ってまた明日も来るんでしょう?」



「次は錫木さんも誘ってみましょう」



ニコリ、と笑った実冥に蘭具は無意識に口角が上がる。
潜在犯認定されて久々の笑みであった。
県境を超え、東京都に戻り公安局内のエントランスからエレベーターで刑事課オフィスの並ぶ階に2人で戻るとちょうど帰りがけだったのか、宜野座がエレベーターの前にいた。
宜野座は蘭具に目を向けた後、すぐさま逸らし、目線の低い実冥に目を向ける。
これが普通なのだ。
蘭具はめんどくさい、と言わんばかりにそれから目を逸らし、エレベーター近くの壁に寄り掛かる。
宜野座の実冥への言葉は、棘があるようで内容の本質をたどれば心配だと感じ取れた。
実冥が三係へ転属する前は一係にいたというのを考えれば、たとえ配属先が変わっても互いの信頼関係は変わっていないのだと分かる。
廃棄区画から戻ってきて、地べたや建物など触れながら戻った為、残っていた匂いから察したのか「逢魔!お前…廃棄区画に行ったのか?!」と比較的大きい声を出す。



「重要な情報が…暫く通うことになるかと」



「くっ…そうか。なら、今まで以上に自分に関心を持つことだ。お前は無頓着すぎる。そうだ、今度これを見に行くといい」



「これ…ドッグショーですか?」



「ああ。犬は良いぞ。忠実で老いても愛おしい。きちんとした飼育を続ければ健康でいてくれるしな。以前見せたことがあっただろう、先日な…見てくれこれを」



「わぁ…!本当ダイム君かわいいですね。でも宜野座さんが行きたかったんじゃ…」



「俺にはダイムがいるからな。それに定期的に行われているんだ」



「そうなんですか?嬉しいです!行ったら沢山写真撮ってきますね」



「む。ああ」



12月に入り、トレンチコートをしっかり着ている宜野座は持っているカバンから携帯端末を取り出すと実冥にダイムの写真を見せ、ドッグショーの参加証を送信していた。
満面の笑みで、受け取ったそれを確認しながら写真を撮る…宜野座に喜んでもらえるお土産をと気遣いを見せるそれに、いつも顰め面の宜野座の顔に微笑みが浮かぶ。
蘭具は、それを冷静に見る。
宜野座は蘭具に一瞥をやることなくエレベーターの中へと消えて行った。
「ごめんなさい、お待たせしてしまいました」とすぐさま謝る実冥に構わないと手のひらを見せると三係オフィスへと歩いて行く。
百田が飛び上がって立ち上がり「あっ!やっと帰って来た〜〜!も〜〜〜私錫木さんじゃなくって実冥さんと一緒が良いです〜〜〜!!」と実冥に抱き着く。
自分とあまり背の変わらない百田の綺麗な金髪を撫ぜながら実冥は困り顔で「何があったんですか?」と柔らかい声で尋ねる。
まるで幼児を相手にでもしているような声色だ。



「めちゃくちゃ厳しいです!私にだけ!自分はゲームばっかしてるのに!!」



「…錫木さん、業務中にゲームはダメですよ」



「逢魔監視官〜俺らの仕事は執行官の監視、指揮。一緒に現場に出向いて前線突っ走るなんて危険行為も誘拐事件の犯人思考のトレースも追跡も、色相が濁るじゃないですか。俺はそんな危ない橋は渡りたくないでーす」



「………おい、錫木」



蘭具は、未だに百田に抱き着かれている実冥の纏う温度が下がったのを肌で感じていた。
未だに端末を握り指をせわしなく動かし画面に気を取られている錫木は気付くはずもない。
実冥は優しい手つきで百田に離すよう促すと、その顔を見て驚いたように百田も静かに身を離す。
静かに監視官デスクへ向かう実冥を見ながら、執行官である2人は初めて彼女が怖い、と思っていた。



「錫木さん。先ほどの言葉の意味、自分たちは後方で監視、彼らを危険だと分かっている場所に飛び込ませて止めることもせず、成果を上げさせる指揮という意味で間違いないですか?」



「そーーーでーす」



「撤回と彼らに謝罪を」



「はぁ?」



ようやく顔を上げた錫木は、実冥の無表情で冷え切った目に、驚く。
配属初日であるが、会った時から温和な微笑みを浮かべ、柔らかかったそれは見る影もなく、ただ、無、だった。
蘭具は、以前神月から実冥は怒らない人だと聞いてはいたが、よっぽど怒った方がいいと思う、と実感していた。
あれは、怒るよりも怖い。



「勘違いしてはいけません。監視官の仕事は執行官の監視・指揮のみではない。大前提として私たちは公安局刑事課、つまりは刑事なのです。刑事というのは常に人々の安寧を守護する義務がある。貴方は執行官たちを安全な後方でのみ指揮することでその職務を全うできると思うのですか?それほど正確で完璧な指示ができると?」



「………」



「危険な場に赴くのも、犯罪者の追跡も、我々より彼らの方が勝っているからできることなのです。つまり監視官は犯人逮捕における役目を考えれば執行官たちに劣っている。頼っているんです。それをあたかも自分たちがやらせている…などと、私が三係のリーダーである以上、口が裂けても言わせません。いいですか、貴方は未熟です。監視官・執行官という概念を考える以前に、貴方自身の役目、職務を全うできるように努力、情報収集、肉体強化に励みなさい。犯人逮捕における行動計画も不測の事態やトラブルに柔軟に対応できるように常に準備を怠らないようにしてください。我々刑事の仕事は、貴方の本業であったゲームをしながらできるほど軽々しいものではない」



「………」



「ゲームをするな、とは言いません。気晴らしやストレスケアは大事です。ですが、もう貴方はこの場に入った時点で刑事である自覚をしてください。貴方はもう大人です、大人というのは責任を持つ人の事。貴方の行動一つ一つに人の命と人生がかかっていると念頭に働いてください」



返事は?私の言った意味、分かりますか。
絶対零度の視線のまま、そう問われた錫木は手に持っていた端末を落とし、「はい、すみませんでした…」と茫然としつつ答えた。
百田と蘭具といえば、普段優しいと思っていた実冥の刑事課に対する考えと信念の強さに認識を改めていた。
そして、そこまで人の為に身を粉にする働きに尊敬すら。
「私、もっとしっかり仕事頑張る…」と百田がぼんやり口にするのを聞きながら蘭具も自分たちを潜在犯扱いしない監視官の期待に応えらえるようにしようと思っていた。














「実冥」



「あ、お疲れ様です慎也さん」



廃棄区画から戻り、業務時間自体は終了していたがクリアミートに関してネット上でも調べようと思っていた実冥は、着替えついでの休憩の為に自動販売機へと寄っていた。
お前、廃棄区画に行ったんだってな、とコーヒーを購入しながらベンチソファに座る。
それを見て、暫く話があるんだろうと判断した実冥も隣に腰を下ろした。



「最近蘭具といることが多いな」



「女性同士よりも男女に分けた方が都合が良いんです。一係の時も私の付き添いには慎也さんととっつぁんがほぼでしたし、背丈のある宜野座さんには女性の弥生さんと縢さんだったでしょう?」



「それは、わかるんだが」



「?」



「時間外で、って意味だ」



「……私的には慎也さんとの時間の方が多いと思うんですけど…」



「いや、悪い。俺らしくないな。今日は分析室に寄ってから戻るんだが、お前はまだ仕事か?」



「いいえ。私も志恩さんに聞きたいことがあるので一緒に行ってもいいですか?」



「ああ」



そう言って飲み終わった缶を捨てると分析室に向かう。
入った先では唐之杜が一服しているところだった。
ドアの音に気付いて「あら、慎也君に実冥ちゃん。例の事件の方かしら」と赤いルージュで彩られた唇を緩ませた。
2人は、3年前の標本事件から、あの事件単位ではマキシマを追えないと判断し、類似性のある事件を探すため一係だけでなく刑事課全体で対応したものすべてに目を通していた。
業務中よりオフの時間で会うこと、それと年齢も近いこともあり、狡噛と唐之杜は随分前からお互いを名前で呼称しているし、実冥にとっては医療知識を教わりつつ頼れる姉のような存在であった。
狡噛はタバコに火をつけると「今日話した件についてだ。例のプログラマーが同じってやつ」と尋ね、傍らの柱に立ったまま背を預けると、傍らに立ち、首を傾げ把握していない実冥に説明するため顔を向ける。



「今日、金原の事情聴取を再度ギノが行ったが、匿名郵送だった。手紙の内容は金原に共感し殺人を促す文章。御堂のホログラフクラッキングのソースコード、断片的だが金原の使ったメモリーカードと同じプログラマーの可能性が高いらしい」



「あとねぇ慎也君に言われて、三係の個人情報漏洩ハッキング、あのソースコードも調べたら類似点があったの。まぁ御堂が使ってたんでしょうね…間違いなくプロが背後についてる」



「慎也さん…これは…」



「ああ……可能性はある。いや、高い」



「なるほど。じゃあ志恩さんはこのハッカーが関わっている事件があれば…」



「ええ。すぐにアナタたちに教えてあげる」



「ありがとうございます。今日帰り道で志恩さんの気にしてたブランド新作が出てたんです。明日にでも買ってきます」



「え〜〜!あらやだも〜ありがと実冥ちゃん大好きよ!」



「それでソースコード解析も大変だと思うんですけど、クリアミートに関して調べてもらえませんか?あまり出回っていないとは思うんですが」



「クリアミート?」



「それで今日廃棄区画に行ってたんです。最近不定期で缶詰を売りに来る人物がいて誘拐事件の被害者がそれを買うために訪れていたそうで。俗称で正式ではないのですが…」



「うーん…あんまり見当たらないわねぇ…」



「そういう類なら、匿名掲示板を調べた方が当たるかもしれないぞ」



「ああ、なるほどねぇ…これならどう?」



食べたら色相が綺麗になるお肉の噂…の書き込み。
多分これです、と実冥は身を乗り出して見る。
しかし販売箇所が廃棄区画で不定期ということで信憑性は低いと叩かれている。
IPアドレス辿ってみる?と唐之杜は首を動かし尋ねるが、実冥は首を左右に振る。
その掲示板は写真添付できるタイプだったが、その写真がない、物的証拠もないとの書き込みをみて、書き込んだ本人も実冥が得た情報程度しか持っていないと判断した。
「現物回収出来たら調べてもらうかもしれません」と実冥は言うと唐之杜はウィンクしながらおっけーお安い御用よ。と答えた。



「志恩さんはもう仕事終わりですか?」



「一応ねぇ。そろそろ部屋に戻ろうと思ってるところ」



「そいつは悪いことしたな」



「いいのよ、私とあなた達の仲じゃない。慎也君も実冥ちゃんも無理はしない事。これは医者としての助言よ」



「…はぁい」



「じゃあ飯食って戻るか。志恩は…部屋で食うのか」



「ええ。シュウ君の手料理。料理できる男の子っていいわよねぇ」



じゃあ戸締りするから出て、と唐之杜に背を押されて2人は分析室を出る。
彼女はそのままひらりと手を振り、官舎へ向かうのを見送って実冥と狡噛は食堂へと向かった。
そして数日後の朝、入って来た通報に終わりの見えなかった幽霊探しの変化が訪れる。



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