10代目の嫉妬

 もしあの日、居残りをせずに皆と帰っていたらきっと私は恭弥さんと出会うことがなかったんだろう。



カチャ、とペンを置く。
縁側からは、偽物のセミの鳴き声が聞こえる。
地下だというここの外の景色は、地上の季節に合わせていて温度なんかも地上に合わせているんだそうだ。
夢中で描いていた時から、随分涼しく感じるようになったからと見れば少し薄暗くなっている。
時計を見れば18時を指していた。
来週は並盛町の夏祭り。
私と恭弥さんは、中学時代の転校で出来なかったことを埋め合わせるように時間を過ごしている。




















「…だから、あと数週間は戻れないよ」



『そー言われてもですねヒバリさん…。さすがに滞在期間が長すぎます。半年近く並盛にいるんですよ?そりゃ…パブロのことがあるかもしれませんが…』



「だからもうパブロじゃないって言ってるでしょ。君、話聞いてないね?」



『だってヒバリさん!そっち居るときに俺が名前で呼んだら殴ったじゃないですか!』



「名前呼びも許さない」



『どーしろってんだーーー!!』



「口に出さないでいればいいじゃない」





廊下を歩きながら居間に向かう。
小型の通信機器を耳につけ、キャンキャン煩い沢田の言葉を受け流す。
話がずれてる…とにもかくにも、僕はまだ帰らない。最低でも数週間。それ以上はないよ、と切ろうとすれど『良くないです!』と言われる。
5月末にイタリアに戻った彼らの滞在は約3か月。
例の敵対組織の武力無効化の為にこちらに来たんだ、ジッリョネロの協力も得ていたから必要最低限の期間…僕もその間は仕方ないから作戦に乗ってあげていた。
なにより、並盛町にそんなものを作った敵対組織が許せなかったから。
沢田が言うには僕らの故郷だと敵に知られたから、と言っていたけど。
逆にそこだけ無力化すると余計並盛に被害が及ぶから日本全体の無力化にあちこち飛んでいたらしい。
つまり、沢田が言いたいのはそれだろう。
ボンゴレの守護者の1人が長期間並盛に滞在するのは、そこに何かがあると思われても仕方ない。
出入りするときは霧のリングを使用しているし、相手側に悟らせることはさせていない。
ピカソが出るときは必ず同行しているし…何にしても夏祭りだけは外せないんだ。
次、ここに戻ってこれるのがいつになるのか分からないから。

襖を開ければ、居間の机の上に料理を並べているピカソがいる。
「お疲れ様です、恭弥さん…あ」と僕に気付いたピカソが耳元のそれを目にして、慌てて口を閉じた。
さっきから香ってくる料理のおいしそうな匂いが僕の空腹感を煽る。





『ヒバリさん?』



「…沢田、悪いけど今からご飯食べるから」



『えっ!ちょ!』



「今日はハンバーグ?おいしそう」





耳から外しながら言って、ブチリ、と通話を切る。
コトリ、と机に置いたそれを目で追いながら、座った僕の前に立っているピカソはサラダの入ったボウルを真ん中に置いた。





「恭弥さん。仕事の話なんじゃなかったんですか?」



「いいよ。後でできる話」



「そーなんですか…。あ、どのくらい食べます?」



「少なめ…ニンジンはあんまり入れないで」



「まーーたそうやって好き嫌いする〜。ちゃんと野菜も食べないと体壊しますよ」



「徹夜でエナジードリンクがぶ飲みする君には言われたくないな」



「……1日1本にしてるから大丈夫です。はい、きょーやさん沢山食べてくださいね」



「ちょっと…少なめって言ったでしょ」





美味しく食べられるようにドレッシングもちゃんと作りましたから!と目の前に置かれたそれにはラベルで「恭弥さん用特製ドレッシング」と書かれている。
…確かに日に日に僕の味の好みを理解しているピカソの作ったのなら食べられるかもしれないけれど。
僕の目の前によそわれたサラダは白い器にこんもりと盛られている。
ハァ、とため息を吐いてピカソの手に持つ器とトングを奪って、彼女の皿にも僕の盛られたそれに負けないくらいこんもり入れた。
わ〜〜!これドレッシングかけられないです!と言いながらも笑いながら受け取っている彼女を見て僕も笑う。
真ん中に置いてあったボウルの中身は、底が見えるくらい減っていた。



食べ終わったそれを流しに運ぶピカソの後ろ姿を見る。
大半が運ばれて行って、最後に少し残っている食器を全部重ねて僕も彼女を追うように流しに行けば、もうひと往復しようとしていたらしいピカソがいて「それで最後ですか?ありがとうございます旦那様」とおどけて言った。
流しに置いて、洗おうと背を向けたピカソのお腹に腕を回す。
ピタリ、と動きを止め体を固くしたピカソはゆっくり力を抜いて、肩に乗せた僕の頭を緩く撫でた。
どうしたんですか?と優しく問いかける声を聞きながら深呼吸する。





「…夏祭り、楽しみ?」



「え?はい…来週ですよね?すっごい久しぶりです!恭弥さんは……楽しみじゃないですか?」



「正直、人が群れてる場所には行きたくないけどね。集金もあるし」



「………聞かなかったことにしますね」



「君と行けるのが楽しみ」



「………」





そういえば、貴方と最後に電話した時も再会した時も夏祭りの話をしましたね、と感慨深く言われた。
僕はその時、来年でも再来年でも、いつでもおいでと言った。
今年だけじゃないから、と。
そして再会して今度こそ一緒に見よう、とも。
でも、僕と結婚して一緒に世界を周ることになるだろうピカソと並盛に戻ってこれるのが次、いつになるか正直分からない。
沢田が急かす意味も分かる。
どうしても、来週の夏祭りまではピカソを連れて行きたかった。
しばらく黙っていたピカソは、体を反転させて僕と向き合った。
それから、そっと小さい手のひらで僕の顔を包んだ。
酷く愛おしそうに、幸せそうに僕を見つめる目が、嬉しくてたまらない。
ゆるゆると撫でる手に任せていれば「恭弥さん、私はですね、夏祭りが楽しみなわけではないんですよ?」と言った。





「私も、恭弥さんと行けるのが楽しみなんです。たくさんの屋台を一緒に浴衣でも着て周って、名物の神輿を見て、恭弥さんみたいに真っ黒な出目金頑張って取りたいですし」



「……君が出目金に熱入れたらロールが嫉妬する」



「恭弥さんは嫉妬してくれないんですか!」



「僕は小動物じゃないから」



「ええ〜……ま!とにかく。恭弥さんが中学の時に私と出来なかったこと…叶えてくれてるの、なんとなくわかってるつもりです」





ぴく。
ピカソの言葉に、少し反応してしまって、ますます嬉しそうに笑う顔に目を逸らす。
顔から手を離し、背中に回した腕をいっぱい力を込めているつもりなんだろう…けど全然苦しくない抱擁と胸に身を任せているピカソを見下ろす。





「あの時と違うことがあります。もう私は恭弥さんの傍から離れない、ということです」



「………」



「だから…来年でも再来年でもいつでも…私たちがおじいちゃんおばあちゃんになっても。来れるときに行きましょう」





なんとなくですけど、世界中周ってるって言ってた恭弥さんが並盛から離れないのも、最近頻繁に沢田君と話しているのも、そういう事なんじゃないですか?
ふふふ、と笑う彼女には敵わないな、と笑って唇を合わせる。
しばらくキスして、ぎゅう、と抱きしめ返す。
「…沢田に来週までにイタリアへ戻るように言われてる。でも君がどうしても行きたいならイタリア行は延ばせる」と白状した。
すると驚いたように「い…イタリア…」と呟いたピカソ。





「…なんで……言ってくれなかったんですか…」



「……悪かっ「イタリア!!!楽しみです!!!歴史的建造物が多いし、ベネチアの運河にゴンドラ!美術品も多いですよ!街並みが芸術品だと思っています!私、人生初です!」



「………ぷっ」



「あ!何で笑うんですか…馬鹿にしてます?」





くすくす笑う僕の腕の中で、プンプン怒るピカソ。
ああ、僕はこの子を好きになってよかった。
きっと何処へ行くことになっても、ピカソはこうやって興奮して喜んでくれるんだろう。
そして僕といればどこへ行ってもいいと、言ってくれるんだろう。





「いや…ピカソは、たとえ僕が地獄に行くって言ってもそうやって喜んでついてくるんだろうと思うと嬉しくてね」



「地獄ですか…怖いけど、恭弥さんがいるなら。でもどうせなら天国が良いので天国に行きましょう!」



「それって決められるものなの?」





並盛の夏祭りには、今年も行けそうにない。


















『沢田、イタリアに戻るよ。予定は…』



「……はぁ。そうですか…いえ、正直助かるんですけど、どうしたんですか突然」





あんなに数時間前まで頑なに戻らないって言ってたのに。
中学時代からの付き合いで、未だに自分の思うがままに動くヒバリさん。
あの頃はリボーンやディーノさんが上手く言いくるめていたから良かったものの、成人して大人になってからのヒバリさんは流石に今までの経験からか、より自由になったとさえ思う。
だから俺もよりヒバリさんが好みそうな任務や言い方を学んで……と、それもパブロと再会してからは上手くいかなくなったけれど。
もしかして…中学時代、ずっと絵を描いて、今もなお寝食を忘れるほど没頭しているパブロを思い出して「奥さんに言われましたか?」と数時間前に怒られた呼び方を変えて尋ねる。
暫く無言だったヒバリさんは『別に。それよりも先に哲がそっちに行くから』と言って切られる。
はーーー、とため息を吐きだして、「10代目、ヒバリがまた我儘っすか」と隼人が紅茶のお替りを用意して茶菓子と共に机に置く。
いや……正直羨ましいと思って、と顔を顰めてミルクを入れた紅茶をかき混ぜて口に運んだ。





「10代目…確かに、ボスになられてから自由な時間というのが少なくなりましたが、そこまで追いつめられていたとは…獄寺隼人!スケジュール調整をもっと詰めてお時間を作ります!!!」



「あ。ごめんそーじゃなくってさ。時間は結構思ったより隼人のお陰で取れてるし、いいんだけど……はぁ」



「……10代目?」



「…あ、俺言ってなかったや。ヒバリさんさー結婚したんだって。俺達がこっちに戻る前だから…5月かな。それで奥さんと暮らしてるんだよね」



「んな…っ!!あンのやろ〜〜…ただでさえ10代目が笹川に対して四苦八苦している中…!」



「ちょっと!それは言わなくていいから!!…ゴホン。それでさ、数時間前もヒバリさんと通話してたんだけど……切る直前に、きっとヒバリさん、通信機を外したからだと思うんだけどすっげー素の声で今日はハンバーグ?おいしそう、って言ったんだよ」



「………」



「その前にもパブロのお疲れ様ですって声、小さかったけど聞こえて…うわ〜〜夫婦の食卓の会話じゃん!って思ってなんか良いなって……羨ましかった」



「…ッン10代目ぇ!!」





大丈夫です10代目もきっとすぐに結婚して幸せな家庭築けますから!!と励まされてハハ…とから笑い。
それからイタリアに戻って来たヒバリさんが遅くなった会議後の夕食を全部断って「ピカソが待ってるから」と帰る後ろ姿を見てまた涙する日々が増えることは、この時の俺は考えもしてなかった。



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