桜と誓い

 恭弥さんは相変わらず優しくて、私はこの人に大切にされていると受け入れられるようになった。
絵を描いて何かを得るときと同じくらい、いやそれ以上に幸せだと思う時が来るなんて。





「ああ…そうだピカソ。君に見せたいものがあったんだ」





あの時は、色々邪魔も入って君も居なくなった季節だから良い思い出はないんだけど。
僕もそろそろ過去を切り離したい。

大きな手を差し出されて躊躇いなくその上に手を乗せた。
もうずっと、背中じゃなくて隣を歩いている。
季節は3月の下旬。
すっかり春の日差しが並盛町を包んで、鮮やかな色が地面を彩る季節だ。















「わぁ…!」





連れていかれた先は、並盛町でも有名な花見が行われる広い公園。
桜の木々が空を覆うように伸びやかに枝を伸ばし、その先には桃色の花を美しく咲かせている。
上を見上げて歩けば、いつも見える青色の空は少ししか見えなくて、チラチラと散っていく花びらが綺麗だ。
すっごく、綺麗ですね。
そう言って見上げた恭弥さんの顔はあまり良い顔をしていなかった。
ただ私を見つめて、軽く息を吐き出すと握っていた手を強く握り直す。





「…良い思い出がないって言ったでしょ?」



「…はい」



「君が中2に進級する前の春休み。僕はここの花見に君を誘うつもりだった。出来なかったけど…来年もあるからって油断してたら君はいつの間にかいなくなった」



「……その節は、ほんと突然でごめんなさい」



「君から卒業するななんて言ったくせにね」



「うっ…」



「色々あってその時から桜が苦手になった。それを逆手に取られて夏休み明けに、ある男に完敗したんだ。悔しいけどね」



「え、恭弥さんが!?け、怪我とか大丈夫だったんですか…!?」



「思い出すだけでもムカつくよ。全身殴打に何か所も骨折…同時にこれと近い痛みを君も負ったんだと思うと余計にね」



「……」





私の知らない間に、そんなに酷い目に。
まさか、あの時の先輩達なんじゃ…!と言えばあんな弱虫に僕が負けるとでも?と睨み返された。
いいえ、恭弥さんがあんな卑怯な人たちにボコボコにされるわけがないです、と慌てて首を振る。
腹立たしいことに今じゃ仕事付き合いの一人みたいな感じさ、と心底嫌そうに顔を顰めた。
その時、携帯も壊された、と続けて思わず顔を見上げる。
完全に君との連絡手段も断たれた。桜さえなければそんなことに遭うこともなかったと思うと、余計に憎くなってね。
と睨み上げる彼は桜の花びらが舞う中私の隣で佇む。
なんて、絵になる人だろう。
険しい顔と、儚い花々の対比が美しい。
描きたい…!と疼いてしまった。
それを見ると、ハァ、と軽くため息を吐きだしてここからがいい眺めだからと木の根元に2人で座る。
電子パッドの電源をつけてペンを握れば、私の目に映るのは目の前に広がる美しい景色をこの筆に乗せることだけ。
覆う木々の隙間から太陽の光が零れて舞う花びらがキラキラと光る。
それを強調させるように描いていくと隣で見ていた恭弥さんが「桜って桃色で塗るんじゃないんだね」と言った。
彼の頭に乗った花びらを取って見せる。
全体がピンクじゃなくて部分的にピンクで、それが沢山集まっているから色のついているピンクに目が行ってしまうんですよ。ほら、真っ白なキャンバスにピンクの点が沢山あれば、ピンク色に見えるでしょう?と言うと改めて桜を見つめ始めた恭弥さんが「そうかもね」と頷いた。
暫く私の隣で私の絵を見ていた恭弥さんが、ぽつりと呟く。





「君の描く世界は美しいね」



「…え」



「本当に僕と同じものを見ているのか、不思議になる時がある。君の世界と僕の世界が違うんじゃないかって」



「……同じですよ。ただ、そうだなぁ」





私は、先輩がいるから誰よりも世界が輝いて見えるのかもしれません。
今もそう。
静かで誰もいない特等席は、漏れ出る陽のカーテンが色を鮮やかに照らし、私と先輩の座る地面の草花でさえも幻想的にしている。
チラチラと揺れ落ちる桜の花びらは、まるで雪の様に黄緑と緑の地面に積もっていく。
桃源郷と見間違えてもおかしくない光景は、きっと隣にヒバリ先輩がいなかったらもっと違うものに見えるんだろう。
少しだけ驚いた顔をした先輩は、暫く目の前の景色を眺めると「確かに、君と見ていると思うと少し楽しい」と小さく零したのが聞こえた。
2人で静かな空間の中、パタタ…と黄色い小鳥さんが飛んできて、恭弥さんの頭の上に止まると、『ミードリータナービクー♪』と歌いだして驚く。
「あ、並中の校歌…」と呟けば覚えてるの、と恭弥さんが言う。





「なんか…中学の校歌って印象に残りませんか?私が並中、好きだっただけかもしれませんけど」



「並中は僕の理想だからね」



「理想なんですか?ああ、でも学校生活って小さな社会だって言いますよね…あ、それで風紀財団ですか。先輩は変わらないですね」



「君もだろ?」



「私は…変わりましたよ。私、恭弥さんと生きたいって思ってますから」





小鳥さんの校歌をBGMに手を動かしてそう言えば、黙ったヒバリ先輩。
ちら、と見上げれば、目を見開いて驚いた顔をして……光の具合だろうか、ほんのりピンク色に見える。
艶やかな黒髪の縁も淡く光り、一番綺麗だと思った。





「たとえ絵が描けなくなっても、腕が無くなっても。もう何も怖くないんです、ヒバリ先輩を信じられるから」



「……」



「重いですか?ごめんなさい」



「…いや、重い方が良い」





軽いと、どこかに行ってしまうから。
なで、と先輩に頭を撫でられるのにも慣れてきた。
そうだ、今描いてくれてる僕へのしおりに、桜も描いてくれる?君の絵なら愛せそうだ。と言われて、じゃあ今考えてた中に桜も入ったデザインもあって…!とスワイプして見せる。
ワオ、いいね。と微笑んだ先輩を見て、私も笑う。
良かった、このデザイン良いと思ってたから、まさか桜が苦手とは思わなかったからボツだな〜と考えてた案だったけど。





「ねぇピカソ」



「はい?」



「君、未だに僕をヒバリ先輩って呼んでるの気付いてる?」



「…ハッ!いや、なんか並中とかの話とかになっちゃうとついですね…つい」



「だから僕、考えたんだけど」





君も雲雀になれば、間違えなくなるんじゃない。



慌てて誤魔化そうとする振った左手を取って、薬指をなぞりながら。
なぞられる指を見て、先輩の長い指を見て、顔を見て、目を見る。
そ、れはどういう…、と言われている意味も、何もかも分かっていてそれでも確かめたくなるのは、悪い癖になっている。
体温が上がるのがよくわかる。
絶対顔が赤い、赤くなるのが分かるって、こんな感覚なんだ。
チラチラ舞い落ちる桜の花びらを纏いながら、美しい微笑みを浮かべた先輩は一言。





「結婚して欲しい」





と。
私がなんて返事するかも分かってるくせに。
そう思いながらも嬉しさと幸せを隠すことなんて出来なかった。



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