AtoZ−高校3年時代ー
白鳥沢は、牛島が卒業してから一度も全国に行けなかった。
「五色君。オーバーワーク」
「っでも!こんぐらいしなくちゃ烏野にまた今年も…!」
べしん、と部誌を五色の頭に乗せる。
うっ、と痛くはないが衝撃に、180cm超えの五色工は自分よりも小さいマネージャーに眉間にしわを寄せた。
高校3年、最後の年。
鷲匠は常にアンテナを張り、優秀な選手をスカウトし続けたが、烏野高校の名前も有名になり、なにより当時1年生だった4人が中心となってさらにチームとして力を伸ばしていった。
特に影山飛雄の実力は群を抜いていた。
将来は間違いなく日本代表……そんな噂も聞こえる中、1年生レギュラーであった五色は次期エースとして焦りを見せていた。
王者白鳥沢も、堕ちた。
他人の評価を耳に入れるたびに、エースとしてなんとかしなければと躍起になる五色をごんべはその両頬をベシン、と小さい手で挟んで「一人じゃバレーはできないの!」と叱った。
「牛島先輩は牛島先輩!五色君は五色君!」
「…はひ」
「うちは強い!君は強い!君だけ練習してても意味がないの!わかりますか!?」
「……しゅひはへん…」
しっかり自分の体調と体のメンテナンス!オーバーワークで体壊して高校の春高予選どころか将来の世界の舞台にも出られなくなったらどうするの!大事な体をもっと労わって!
ワッ、と怒る声に一年生は「…うわーまぁた五色先輩怒られてる…」「ななし先輩、ああいう無茶するのには厳しいもんな…」と言いながらモップをかけた。
ごんべも3年のうちに変わっていった。
初めは懸命に頑張る影山の背を見て、それに応えてくれないと周りを僻んで。
仲間が出来た、強くなっていく成熟していく影山を見て、自分の未熟さに気付いた。
片方が歩み寄ってはいけない、互いに歩み寄らなければ理解もない。
白鳥沢の強豪、王者という牛島達が残していった看板を一人背負わされ、支えようとする努力も、十分すぎる名将の練習に上乗せして独自の練習を重ねる五色は明らかに無茶をしていると思った。
「がむしゃらに何でもすればいいわけではない」
かつての、影山のメンバーに言われた言葉は、正しかった。
「……負けたくないのは、相手だって一緒なんだから。一生懸命全力でやってそれでも負けた試合を責める人は誰もいない」
「………鷲匠先生は走って体育館から帰らせるけど。しかもななしはそれに付き合うし」
「連帯責任!走らせたくないなら五色君は個人練習ばっかじゃなくてチームメンバーとの連携をもっと頑張って!!」
「う、ハイ!!」
「うちのエースはちゃんと強いって、みんな知ってる」
はい、今日はもう終わり!片付けてご飯食べる!お風呂も湯船にちゃんと入るんだよ?!と言うごんべにお母さんですか!?とツッコむ五色。
小さい背中なのに、なんて頼りがいのある。
へこみそうなとき、先輩たちが立て直してくれた自分を3年間一緒にいてくれたごんべが代わりにこうして支えてくれる。
鷲匠先生だってすごい指導者だ、今でもちゃんと強いエースだと期待してくれている。
それでも、五色もごんべも3年間、一度も全国大会に出場はできなかった。
「………悔しい」
「……そうだね」
「私よりも五色君の方が悔しいだろうけど」
卒業式が終わり、2人して広い体育館、バレー部の後輩たちに挨拶され、鷲匠先生に精一杯の御礼を告げた後。
広い広い白鳥沢学園の校門までの道、桜の花びらが舞う中歩いた。
五色は卒業後、Vリーグ長崎のチームに入るという。
ごんべはどうするのか、そういえば聞いていなかった。
それを聞こうとした時、校門前に誰かが立っているのが見えた。
ブレザーである白鳥沢の制服と違って学ラン、明らかに他校生。
背の高さを見るに、自分と同じくらいだろうか。
いや、というよりも知っている、とても良く知っている顔。
隣に居たごんべは、その人物を見て、足を止めてめいっぱい目を見開いて驚いて、駆け出して行った。
どす、とでも聞こえそうな勢いで、飛び込んだが、微動だにせず受け止める姿を見て、もう今後は自分の隣に彼女がいることはないけれど、一緒に涙して頑張り続けたバレーの舞台ではまた会えるのだろうと思い、踵を返した。
「迎えに来た」
「うん、うん。信じてた!」
随分と成長した影山飛雄の胸に飛び込んで、互いに抱きしめ合う。
ボロボロと泣き続けるごんべに、嫌だったか?と影山は聞けば「これは嬉し涙です!」とごんべは笑う。
「嘘言うわけねぇ。つーか、冬休みに東京の物件探ししただろ」
「現実味がなかった…契約とか飛雄君がしてくれちゃったし」
「…いつまでもお前に甘えるわけにはいかないから。それより荷造り。手伝う」
「退寮式はまだ先なんだー。んで送ってくれようと五色君が……?あれ、五色君、」
うわ、私最低だ…送ってくれようとしてくれたのに、置いてっちゃった…と顔を引きつらせながら影山の腕の中、携帯を取り出して五色に詫びを入れようとするのを見て、ム、とする。
背を屈めて唇を合わせる影山の自然なそれに、少し顔を離したのち「…飛雄君、校門前なんですけど…」と唇を抑えながらごんべは少し睨む。
「俺の前で他の奴の話すんな」
「あのですね、3年間一緒に切磋琢磨した仲間なんです。私が好きなのは、飛雄君だけだって、何度言えば…」
「………3年間も離れてただろ」
「……なんか、長かったよね。正直私は飛雄君に忘れられると思ってた」
んなわけねぇだろ!と大声を出した影山に、クスクスとごんべは笑う。
きっと、自分は影山の傍にいたら駄目だった人間だ。
影山といた小・中はあっという間だったのに、高校は長く感じた。
退屈だったわけでもつまらなかったわけでもない。
ただ、それまで当たり前に隣にいた大切な人がいなくなったという事実、物足りなさを埋めることがなかった。
影山の代わりになる誰かが、ごんべにはいなかった。
でもきっと影山の、自分の代わりはいるんだろう、いやむしろ自分よりももっと影山の為になれる誰かがいるのだろうと思って仕方なかった。
それは小学生の時から、ずっと思っていたことだった。
それでも、今この目の前に、迎えに来てくれた。
一人で生きていけないことはない。
それは、今までもそうだったから。
でももし誰かと生きることがあるなら、それは影山とがいい。
「私は、飛雄君を駄目にしてしまう、駄目な女だと思ってたから」
「それは俺が未熟だったから」
「……!」
「今は、仲間がいる。コートの上に居てくれる奴らがいる。だからもう大丈夫だ」
俺は、一人じゃない。
じわり、と涙があふれる。
「だから、ごんべはコート外で俺の傍に居てくれ」と微笑んだ顔で言われて、強く深く頷いて「こちらこそ」と応えた。