AtoZ−中学生時代 2ー




 「ななし、まだ付き合うのかよ」



「……うん。金田一君はもう帰る?」



「帰る。アイツに付き合ってるといつまでも終わらねぇし」



ただがむしゃらにずっとやってればいいってもんでもないだろ、としんどそうな顔でタオルを掴み取る金田一を見ながらごんべは明日の準備をする。
及川、岩泉は春に卒業して青葉城西高校へと進学していった。
それからは影山が一人で練習に励む姿が増え、着いてくる部員が…金田一は付き合ってくれるがそれも時間の問題かもしれない。
キュ、と体育館の床に足を滑らせながらボールを選んでいる影山の背を見て、こんなに体育館は広いのに、影山しかいないとその音すらも大きく聞こえた。



「飛雄君、ボール出しいる?」



「……じゃあ、ごんべちゃん、俺がゆるく返すからスパイク打って」



「え。……私のヘナチョコスパイクでいいの?」



「いい。軌道のわかんないボール拾う練習する」



「………ごめんね。私がバレー出来ないからこのくらいしか」



「ごんべちゃんはマネの仕事も勉強も家のことも頑張ってるし、女子だし。バレー練習する時間なんてないだろ」



打ちやすいように、小学生時代と同じように上げてくれる影山のボールを、精一杯打つ。
だがまったく威力はなく、弱弱しい。
それもちゃんと上げる影山の姿に、ごんべは泣きそうになった。



「金田一君、国見君。少しでいいの、たまにでもいいから…飛雄君の練習、付き合ってください」



休み時間、教室にやってきて頭を下げてお願いするごんべに金田一と国見は少し動揺する。
金田一はそんな頭下げんなよ、と慌てて国見は少し面倒そうに頭を掻く。



「お前さ、なんでそんな影山に寛容なワケ?なんでもがむしゃらにやればいいってもんでもないでしょ。金田一は人が好いから付き合ってるんだよ。そういうとこに付け込むの、どうかと思うけど」



「く、国見……」



「………ごめん」



「金田一は十分付き合ってる。俺はバレー以外にやりたい事ある。成績悪くて補習で部活に遅れてきて長く練習したいとか、我儘じゃん。それに影山の練習なのになんでななしが頼むの」



「…………」



「………国見君、の。言うとおり…だね」



ごめん。
ペコリ、と頭を下げて廊下を歩く背を見送った後、金田一は「国見、言いすぎだろ…ななしは、頑張ってんじゃん」と言う。
ため息を吐き出すと国見は「アイツのせいで影山がああなんじゃないの」と返した。
部活中は、特に影山を贔屓している様子はない。
3年の先輩たちも、真面目に取り組むごんべに好感を持っていた様子で、実際自分たちも本当は1年がする仕事も代わりにごんべがするから助かっている場面も多い。
だが、こういう意見が分かれた時、必ずごんべは影山の肩を持つ。



「アイツがこのままでもいいんだって甘えてんのは、絶対ななしのせい」



「………それは、まぁ」



「小学から一緒とか付き合い長いのかもしんないけど、バレーって6人でするんじゃん」



影山のプレーはすごいって思うけど。俺らもそれについていけるって思わないで欲しい。と教室に入っていく背を見て。
確かに影山は天才なんだと思う。
バレー馬鹿、バレーの事ばっかり考えて、だから普段優しく合わせてくれる様な及川も影山には意地悪ばかりしていた。
でも、国見の言うことも分かる。
実際、自分にはついて行けない。
付き合うが、限界値が影山とは差があり過ぎる。
悔しい、と思っていた時もある……だが、今は国見の言うことが正しいと思った。












影山が長期休暇を取った。
ごんべはクラスの様子を見に行った際に「あ、ななしさん」と先生に呼び止められる。
話を聞いて、愕然としながら震える手でその封筒を受け取る。
ここでは泣いてはいけないと、必死に堪えた。
しばらくして帰り道、影山家の前を通る。
どうしたら、自分も厚かましいが、お別れを言いたい。
携帯電話を握り、影山飛雄、を選んで電話を鳴らすと無言で通話が繋がった。



「……とび、お君」



『………』



「………お家の前に居る。今日は帰った方がいい?」



『………』ボッ!ガタン、バタン、ダダダダ…



影山の家を見上げながらそう告げれば、急に物音と遠ざかる音に驚く。
携帯を、ベッドに投げたような、そんな音の後に、ドアを激しく開けて階段を駆け下りているような…。
まさか、とそのまま携帯に耳を当てていれば、目の前の玄関扉が開いて飛び出てきた誰かはそのまま目の前まで走ってきて。
体当たりする勢いで、強く抱きしめられた。
男の子に抱きしめられる経験。
少女漫画ではドキドキ、甘い感じとか、胸がときめくシーンが多かったが、自分が初めて経験する今のこれはまったくそのどれもに当てはまらない。
ただ、痛かった。
何も言わず、通路の真ん中で、ぎゅうう、と強く抱きしめられて苦しい。
キツイ、けど。
「…飛雄君、少し、力抜いて?」となるだけ優しく言って、大きくなった背に腕を回して頭を、背を撫でる。
肩に埋まる影山の顔、少しずつ肩が濡れていく感じがする、冷たいわけではなく、熱く湿っていく。
影山が落ち着くまでずっとさせるがままにして、落ち着いて離れていった後に「お家の中に入ってもいい?私も、会いたい」と言えばコクリ、と頷いて手を繋いで家の中に入る。
流石に影山の母も姉も、息子の様子に冷やかすことはなく「ごめんね、ごんべちゃん。ありがとうね」と言われて深く頭を下げた。


一礼し、仏壇の前で線香を手に取るとろうそくの火をつけて振り払って火を消す。
鐘を鳴らして手を合わせ、その様子を影山も少し後ろで見ていた。
慣れた様子なのは、小学生時代に彼女の祖父も亡くなったから。
棺桶には彼女がお見舞いで折っていた千羽鶴も入れたことを思い出し「……ごんべちゃん」と言う。
ごんべも、影山の祖父、一与のことをとても好いていた。
自分自身の祖父がいなくなった分、代わりになってくれたところもあるのだろうと思う。



「飛雄君」



「………」



「私も、居るからね」



コクリ、頷くと「送る」と言う。
帰り道、バス停までの道は自然と手を繋いでいた。


影山が登校し始めた頃、教室にやってきて「次から赤点、絶対回避」と教材を突き出したごんべに驚きながらも短い休み時間は一緒に勉強するようになった。
そのおかげか、補習をする回数が格段に減り、部活にも時間通り行けるようになった。
それでも、影山に追いつけるチームメイトはいなかった。
次第に…影山にとある異名がついて噂されるようになっていった。
「コート上の王様」
ただその王様は、決して誉れ高く、尊敬される意味合いではなく独裁者、という皮肉の意味合いだった。













北川第一中学、最後の県大会決勝戦。
影山の上げたトスを打ってくれるチームメイトは誰一人いなかった。



「…………」



「………飛雄君」



帰り道。
誰も口を利かず、ごんべだけが影山の後を追っていた。
ベンチに下げられ、悔しそうに俯いて隣に座る彼に、その時は何も出来なかった。
試合が終わって苛立たしい様子でバッグを肩にかけた影山。
早歩きな影山の背にひたすらに声をかけ続ける。
ついに根負けした影山が「…んだよ。お前もアイツらと帰ればいいだろ。追ってくんじゃねぇ」と低く唸る声で牽制すると一度ビクリ、と体を震わせたのちに、ゆっくりと歩いてジャージの裾を握る。
鬱陶しげに払いのけた影山の手に負けじと掴み続け「っ!なんなんだよ!!」と睨みつける。



「飛雄君、悪くないよ」



「……!悪いだろ。だって」



「監督が下げたのは、学校生活の部活のバレーだったからだよ」



「……!」



「学校だと協調性とか仲良くしないといけないから。飛雄君のバレーは勝つバレーだもん。間違ってないよ。勝ちたい気持ちが間違ってるわけない」



「………誰も、打たないなら勝てない」



「中学では、だよ。高校もある、大学もある、プロにだって、日本全国、世界、広くて大きいんだよ。皆、飛雄君みたいにバレー出来るんだったら皆プロになっちゃうよ。ついてこれない子がいてもおかしくない。でも、いつか飛雄君のことを解って一緒にコートに居てくれる仲間は絶対に現れる」



「………」



「………言い方は、悪かったかもしれないけど。私は飛雄君間違ってないって何度でも言うよ。ただもうちょっと周りを頼っても良いんだよ。バレーは1人じゃできないんだから」



「……それは、ごんべちゃんが居ればいい、じゃ駄目なのか」



「私は…飛雄君と一緒にコートに立てないから」



影山はごんべを見る。
やっとこっちを見た影山の両手を取って、握る。
影山に比べてとても小さい。
それでもぎゅう、と強い力でもないそれはどんな手よりも力強く感じた。



「飛雄君はプロバレー選手になるんだもんね」



「……ん」



「私と一与さんを一番の特等席に連れてってくれるんでしょ?」



「……一与さんは」



「ちゃんと見てるよ。ちゃんと、飛雄君のここにいるし、私のここにもいる。私の目を通して見てもらうんだから」



「………ん」



とん、と影山の胸の部分を触ると、拳をそのままごんべの胸に当てる。
じゃあ強いところに行かなくちゃな、とごんべの手を握り返すとバスへと戻る。
バスが見えてきて手をそっと離す。
チームメイトは相変わらず冷たい目だったが、止まるわけにはいかないと同じように目を向けられ隣に居てくれるごんべを見て影山は思った。
それから2人で白鳥沢学園受験の為に勉強を始める。
推薦の声は影山にはかからなかったため……青葉城西からは声があったが微妙な顔をしていたので、あの決勝戦の和解が出来るとは思えなかったんだろうとごんべは勉強に付き合った。
マネの仕事の引継ぎをしながら影山とチームメイトの件があったにしろ、ごんべは変わらずに淡々としていた。

金田一は「……何か、言わないのかよ」と思わず声をかけてしまったが「私が言うことは何もないよ」とごんべは本当に何も言わなかった。
金田一も国見も、自分たちが悪いとは思わない。
影山の態度も言葉も悪い。
バレーの天才だからとか関係なく、同じレベルを求める、実力以上を強要する独善的なものが正しいわけがない。
でも、絶対に影山が悪いとは、自分たちも言えない。
影山を一人にしてしまった自分たちとは別に、影山から離れない、影山を否定しない、それでいて自分たちも否定しない。
影山の言い方が悪い、自分たちが悪いと仲直りしよう、と間に立つこともなく、ただそれに関して傍観を決め込むごんべ。
中学3年間、ごんべは言葉足らずの影山の為に一言を添えていた。
だからこそ金田一も国見も逆に複雑な思いを抱える様になっていった。











白鳥沢学園の合格発表。
自分の番号を見つけて、隣に立つ影山の顔を見て、ああなかったんだと思った。
「…ごんべちゃん、合格した?」と聞かれてコクリと頷く。
自分だけが合格してしまった。
ここで自分が白鳥沢を蹴って、影山と同じ高校を受験しているのだ、それに着いて行けばいい。
そう、思った。
家に帰って、母親に合格したことを告げればとても喜んだ。
白鳥沢学園は文武両道の難関校。
入った先の進学や就職は恵まれた先が多い。



「でも、私立だし…お金」



「いいの。アンタの将来の方が大事なんだから」



「……うん、お母さんありがとう」



悩んだ。
とても、長い時間。
影山と居ると約束した、しかし高校で初めて、分かれてしまうかもしれないという分岐点。
そしてふと思い出したのは国見から言われた「影山の練習なのになんでななしが頼むの」という言葉。
影山は絶対にプロになるだろう。
でもその傍にいつまでも、マネージャーのような立場で自分がいれるとは思えない。
プロになれば、及川や岩泉がいた頃のように選手たちが話し合ってゲームを制すのだ。
そこに、ごんべが影山の代弁をするわけにはいかない。
影山は影山の意志でこれから交流していかなければ、誤解を生んだままプロへの道も閉ざしてしまうかもしれない。
……思いのほか、影山の為だと思っていたことが、影山のバレー人生の足止めをしてしまっていたのかもしれないと思った。



「飛雄君」



「ごんべちゃん。俺、烏野受けようと」



「ごめん。私、白鳥沢に行く」



「………」



昔バレーの強豪校でそんときの監督が帰ってくるらしいから、と言う途中。
決意した目で言われた言葉を、影山は一瞬理解できなかった。
「なんで」と言った言葉は思った以上に弱かった。
一瞬、悲しそうな顔をした後、「勘違いしないでね」としっかり影山の両手を握りしめる。



「飛雄君と、私の為」



「………一緒に居るって言った」



「うん。私はずっと飛雄君の傍に居たい。だから…強いところのバレーも支えられるようになってくる」



「………!」



「北一も厳しかったけど、及川先輩たちも勝てなかった白鳥沢のバレー部はもっと厳しいと思う。牛島さんがいるバレー部を見てくる。高校3年間だけだから」



「………」



「飛雄君がもっと、他の人と仲良くなれるようにも私たちは一度離れるべきかもしれないって思った。私も、飛雄君に甘えてた………。寮に入るから、多分会える時は少ない。遠いし」



「…………言ってることわかんねぇ」



「……飛雄君」



「俺と烏野行こう、ごんべちゃん」



迷子のような、不安げな顔。
行きたい。
一緒に居たい。
ぎゅう、と影山からも手を握られる。
この手をずっと、握っていたい。
でも、このままだとダメだ。
頭でわかっていても、影山に悪いところがあるのも理解していても、ごんべはそれを否定できない。
それも、良いところだと肯定してしまうから。
手を離し、影山の胸元に飛びついて、抱きしめる。
ドクン、と心臓の音が聞こえないか、全身が心臓になったような心地でその自分よりも小さくやわらかな体が包む体温に溺れた。



「私、待ってる。……またね、飛雄君」



泣き笑い。
そのまま離れて先に帰って行ったごんべの背を見送る。
ずっと一緒に帰っていた。
ずっと一緒に、いつでもどんなに周りに見放されてもごんべは傍に居てくれた。
影山の為に、離れる。
そう言った言葉の意味は分からず、でもそういえば小学生の時も一度似たようなことがあったかもしれない。
バレーが上手いと周りが知った時、周りが影山を囲って、それを良いことだと明日からは一人じゃないよと離れて行こうとした。
「……俺は、今でもごんべちゃんだけでいい、のに」
本当に一人になっていってるのは、ごんべじゃないか、と傍に居たいならずっと一緒に居ればいいじゃないかと影山は拳を握りしめた。



影山は烏野高校に進学。
ごんべは白鳥沢学園に進学した。
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