尾鰭を揺らす魚は水を考えるか? -2-




 ただでさえ、自分自身にコンプレックス持ちなのに、美人の友人の隣に並ぶとより一層それが際立つ。
潔子は好きだ。
しっかりしているし、面白いもの好きだし、頼りになる、伊達に3年近く一緒にマネージャーやってない。
それでも、隣に居るとたまに息苦しくなる。
不特定多数が認める美人で、本人はそれに驕っていない。
むしろ鬱陶しさすら感じている。
だから私も極力潔子の美人ぶりを褒めたりしないし、そもそもそれだけじゃなく中身が好きだ。
でも、外に出た時、烏野のマネはすげー美人、というと絶対潔子で、私はいない者扱い。
そういう扱いされたいからマネやってるわけじゃないけど、ただ単純に女の子として、ちょっと傷つく。
容姿は褒められるようなもんじゃないし、むしろちょっとムニムニすらしている。
不幸体質、と言っては多くの理不尽に見舞われる言い訳にして、自分に自信なんてないし、内気だし。
それでも本当は自信を持っていたい。
マネージャーなんだから皆のサポートを全力でするのは当然だとしても、女の子として可愛いと思われていたい。
欲張りだなんて、ずっとずっと前に気付いていたけれど、それでもそれを望むのは、いけないことだろうか。

シンデレラは、辛苦を耐え抜いたから幸せになれたのではなく、美女だったから王子様に見つけてもらえたのだ。



「………」



朝、体重計に乗る。
昨日からほとんど変わっていない数字にため息が大きく零れる。
見た目は生まれた時から変えることはできないから、それ以外で努力しようと思った。
お肌の手入れから指の手入れ、髪だって綺麗にセットするし、菅原と帰った後のウォーキングだって欠かさない。
それでようやく隣に並べるのだから……!
潔子が羨ましい!と思ってしまう。
そんな彼女は見上げられているのに気付いて、ニッコリと女神の微笑みを見せるのだから大好きになるしかない。
とにかく、今日も朝練している部員たちの為にも早く学校に行って準備しよう。
早朝の空は薄い色をしていて、空気が澄んでいて気持ちが引き締まる。
鬱々とした嫉妬も、学校の校門を超える頃にはすっかり無くなっていた。
私は私なりのベストを尽くしている!
そう胸を張って体育館が見えた時だ。


ザーーーーーーーー!


突然の土砂降り。
傘なんて勿論当然のように差しておらず、ワーーー!と叫びながら体育館の入り口に走る。
ピチョピチョと髪から滴る水滴。
制服は全部濡れて、カバンの中の教科書も悲惨なことに…いや、置き勉してるから問題ないか。
最悪だ。
こうなるともう1日がダメな気がしてくる。
ブルル、と寒さに体を震わせ泣きそうになっているとガタン、と音がして振り向けば驚いた顔の影山と駆け寄ってくる日向がいた。



「ほらーー!やっぱすげー土砂降りになってんじゃねーか……って!ななし先輩!?」



「おはようございます…びしょ濡れっすね」



「日向君、影山君おはよう……突然降ってきてね……あはは……濡れネズミ」



「と、とりあえず着替えた方がいいんじゃないですか!?」



「ね…そうしたいんだけどジャージも…濡れちゃって…」



「………俺の着ます?」



え!?とごんべが驚く間もなく、影山は体育館の端に投げ置かれた烏野高校排球部、とか書かれた大きめの上下を取りに行くと、簡単にたたんでタオルと一緒に渡される。
そのままじゃ、風邪引きますよ。と言ってくれて、ちょっとジーン…と感動して、体育館の中に入って壇上横の小部屋に入って着替える。
脱いで置くたびに水分を吸った制服が重くて、下着がかろうじてびしょ濡れじゃないのが救いである。
下着姿の上から影山のジャージを着れば、ほんのり温かくていい匂い…影山の匂いがする。
って、変態臭い!私!と煩悩を振り払って、首回りにタオルを巻く。
制服……は乾かさないと…授業まで約2時間ってところか。
影山のジャージは当たり前のように大きく、袖が有り余っている。
裾を引きずらないように折り曲げて少しだけ、ほんの少しだけそれ以外のサイズがあまり変わらない気がするのにショックを受けながらも鍵を開けて体育館に顔を出して影山の元へ行く。



「影山君、ありがと……ごめんね、ジャージからタオルまで……洗って返すね」



「全然、気にしませんから今日返してもらってもいいっス」



「駄目!!!絶対ダメ…!い、今これ、下着、しか着てないから、下…!絶対洗って返します!」



「した……!」



「下着……!」



情けないし恥ずかしい、と思いながら濡れた制服をどうしよう、ととりあえず広げて置いてあるそれを考えながらボール出しやらネット張りなんかをしていれば「チーッス!あ、ななしやっぱ居るべ!」と笑いながら菅原と東峰、澤村、田中が入ってくる。
それからひょっこり潔子も現れて「き、潔子ちゃんんんん!!」と泣き付いた。



「ななし、風呂上りみたいになってる!てか、ジャージ無事だったんかよー!」



「スガ君はうるさい!優しい優しい影山君が貸してくれたんだよ!」



「なんかちょっとあの2人顔赤くない?もしかして2人も濡れて来たとか…」



「いや、旭…。ななしがここに来る途中で降ったに俺は今日の昼飯を賭けてもいい」



「ごんべ、制服濡れたんでしょ。部室に干しておいで」



「授業にジャージじゃ出れないだろうしなぁ。ま、最悪先生に言えばジャージでもよさそうだけどさ。ななしが恥ずかしいだろ」



「澤村君と清子ちゃんが癒し〜〜!!スガ君も濡れればいいんだぁ〜〜!」



「影山ーー!ナイスフォローじゃねーか!やるな!」



「い、いえ。………………」



「お、俺も!部室にはあるんですよ!体育館に持ってきてないだけで!」



「おう、サイズ的には日向のがよかったかもなぁ。ななしさん、すげー裾も袖も折り曲げてるぞ」



カバンの中から折り畳み傘を取り出して部室へと歩いて行くななしを見送りながら澤村がパンパン、と手を叩いて準備を促す。
戻って来たななしに菅原が近づいて「朝出る前に降って来たから、あーこりゃななしは濡れたな、って思ったわー」と肘でつついている。
ベシン、とそんな菅原を叩いてからごんべはバタバタと裾が下がりそうなズボンを履いたまま体育館を移動する。
練習が終わって片付け、制服に着替えて教室に戻る前に、ごんべは影山へと駆け寄って大きく頭を下げると「本当にありがとう!絶対御礼します!明日、ジャージ持ってくるね!また放課後ね」と体を起こして両手を合わせて心から感謝した。
「ななし先輩!俺も!今度は俺が貸します!」とピョンピョン跳ねる日向に「日向君もありがと〜!優しい後輩たちで嬉しい!」となでなで頭を撫でる様子を横目で見る。
ム、と唇を尖らせてると、ぐっ、と背伸びしたごんべが背の高い影山の頭をなでなで、と軽く撫でる。
へへへ、と少し照れくさそうに笑った後、後ろからゆっくり歩いてきた潔子と合流して校舎に向かう背を見送って。



「ななし先輩、やさしーよなー。すげー撫でて褒めてくれるし!いつもいい匂いするしな!」



「……なに匂い嗅いでんだ、変態かボゲェ!」



「なっ!ちげーーし!!撫でてくれるから!近いから!お前だってわかるだろ!」



「……知るかボゲェ!!」



「逆ギレかよ影山ー!!」



「…朝からはしゃぎすぎ」



「元気だよねー」



後日。
朝からシンプルでおしゃれな紙袋に入れられた自分のジャージは綺麗に畳まれ、青色のラッピング袋が一緒に入れられており。
「これ、ちょっとした御礼なので、お腹すいた時に食べてね」と言われる。
その日の放課後の練習時。
袖を通したときに香ったいつもと違う、自分の家のではない香りと、これにごんべが素肌で、下着姿で羽織っていたのだと思い出して変に意識してしまい。
「ッッ!!クソッ!ぐおおお!」と唸りながらジャージを着る影山の奇行に月島が「…なに、王様ついに頭イカれちゃった?」と零したが取っ組み合いの喧嘩になることはなかった。
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