AtoZ−社会人時代 3ー




 「Ciao bella! Sport anche per te? Che ne dici di me?」
  (こんにちは、美しい人!貴方もスポーツをするの?僕と一緒にどうですか?)



「Mi spiace, ho già una relazione.」
(ごめんなさい。交際している人がいるんです)



イタリア・ローマ。
昼下がりにスポーツ用具店で前から目当てにしていたサポーターを取りに行くため、少し、ほんの少し離れただけだった。
他の品を見ている自分の嫁の傍に男が居て、話している。
言葉は聞こえるが、意味は分からない。
ただ、さりげなく左手のひらを胸の位置まで上げているところを見れば、なにかを断っているのだと分かる。
ズカズカズカ、と近づいて行けば、自分に気付いた男がスマートに片手を上げて去っていく。
飛雄に気付いて振り返ったごんべは「おかえり〜。あった?」と何でもないように聞いた。



「……おい、今なんて言われてたんだよ」



「えー………。飛雄君は使うことないと思うから知らなくていいと思う」



「は?教えられないようなこと言われてたのかよ。教えろって」



「大丈夫だって!それより見て見て、これ吸水性いいTシャツだって。日本と違って朝夕の寒暖差凄いしーそろそろ買い替えてもいいんじゃないかなーどう?」



「………まぁ、良いと思う」



断っていた様子だし、自分よりイタリア語を使えている。
にしても、なんか嫌だ、と思ってしまう。
自分の知らない所……ではないにしろ、自分の理解できない部分で会話を成立させて、夫のはずなのに文字通り何も言えないというカッコ悪さ。
ごんべを疑っているわけではない。
彼女は今、目の前でニコニコと相変わらず自分の前では朗らかに笑い、これがいいかな、と言いながらTシャツを自分の体に合わせて見比べている。
遠い昔、自分の前では弱音を見せる彼女は随分と強かに育ってしまった。
試合では問題ない、だが、日常でも出来る様になりたいと思うのは間違いなくごんべの為であって。
ぐ、と唇を噛み締める飛雄の心中を察することなくごんべは「ユニと間違えないような色にしないとな……朝バタついた時に間違えたらヤバイ……」と黒色を手にし始めていた。
そういう出来事の後の練習は、ボールで強く鋭いサーブを打つことで発散する。
アリ・ローマ内で飛雄が多めにサーブ練する時は機嫌が悪い、と話題になった。


















「おい、お前どうやって練習した」



『突然なんだよ影山!主語を言え、主語を!」



「言葉だよ。なんか……すげーしゃべれるようになってただろ」



昼間。
休憩時間を見計らって日本に居る日向に電話をかける。
時差があるので向こうは夜…ちょうど練習終わりらしい。
背後から宮侑や木兎光太郎、佐久早聖臣の声が聞こえる。
去年の日本国内Vリーグで、ブラジルから帰って来た日向はポルトガル語を話していた。
頭の悪さは同じくらいだと、高校の時のことを良く知っている影山は、ごんべに教えてもらうだけでは足りないと腐れ縁の相棒に頼ることにした。
『えー?でも影山の奥さん、めっちゃ頭いーんだろ?教えてもらえてないのかよー』と言われて「……教えてくれない時もある」と唇を尖らせる。



「それに、ごんべに教えてもらってばっかだとカッコ悪いだろ」



『あー。影山君ったら大好きだもんなー奥さん。俺はブラジルでルームメイトが持ってた各国のアニメ見て覚えた。日本語版良ーく知ってたから頭に入りやすかったんだよなー』



「アニメ………持ってねぇ」



『ヴァンプ読めば?』



「読んでる、ボゲ」



『あー日本語版の方?』



「意味わかんねぇからな」



『じゃあバレー番組でも見比べたらいいんじゃねーの?お前、バレーなら分かるんだろ』



その手があったか、と飛雄は思う。
それから手あたり次第、イタリアのバレー番組と日本のバレー番組を見比べ、それから普段の生活で流れる天気予報からドラマ、エンターテインメント番組も段々意味が分かるようになってくる。
テレビにかじりついて片手にiPadを持ち、聞き比べている様子を家でごんべも見ていて、日常会話がこなせるのも早いかもしれない、と思った。
そうして練習をしていくうち、再度日向と話した時に宮侑から『イタリアの人ってめっちゃ女性褒め上手なんやろ?飛雄君の嫁さんがあえて教えてくれんのって、そういうことなんやないの』と言われ、確かにそう言う言葉なら男である自分が言われるわけもなく、聞くわけもない……と、納得するとアリ・ローマ内の仲間に口説き文句を発音してもらい、意味を烏野時代に使用していたグループLINE内に流して学んだ。















休日。
お隣の国、フランス・パリでショコラティエとして活躍中の高校時代の先輩・天童覚とミラノでたまたま再会。
「ごんべちゃんったら影山になったってホントー?!」と相変わらずの全身表現にごんべは笑う。
天童はその顔を見て、随分高校時代とは違うと思った。
高校時代のごんべは、いつも真面目で真剣な顔をしていた。
時折笑うことはあったが、愛想笑いにも近いそれ。
自然に、楽しそうに笑う顔は新鮮だ、と思うのと同時に隣に立つ影山飛雄…ごんべの中でその存在の大きさに顔が緩む。



「天童先輩、高校時代からお菓子好きでしたもんね」



「特にチョコね。ここでも販売すると思うから買って帰ってよネ。てかあれだね、烏野9番とこんなとこで会うなんてね、世界は狭いねー」



「俺は天童さんがフランスでチョコ作ってる方に驚いてます」



「ま、俺は高校でバレー辞めるつもりだったしね。若利君が頑張ってるし、日本でのプレー見てたよー。一糸乱れぬ手、相変わらずで怖いね。あ、それと結婚おめでと。うちのマネ泣かせないでよね?」



「………それは、難しいです」



「ほーん?」



「逆に、普段強すぎるんで、俺の前では泣いてもいいって言ってます」



仕事上手くいかないときなんか、しょっちゅう…と言う飛雄の口をふさぐためにごんべは飛雄の背を叩く。
そういう意味じゃないよ!と真っ赤な顔でツッコまれて頭にハテナマークを飛ばす飛雄に、円満夫婦でいいねーと天童は茶化した。
それじゃ、俺はこれから打ち合わせだからーまたねーと手を振って去っていく天童に手を振り返してごんべもぺこり、と頭を下げる飛雄と歩き出す。
まさかミラノで先輩に会えるなんて!とテンションが上がっている様子のごんべをみて飛雄は少し笑う。



「天童さんの買ってくか?」



「勿論!世界的に注目集めてる奇才サトリ・テンドウ!って呼ばれてるんだよ?凄いよねーそんな人が私の先輩!」



「………そーだな」



「拗ねてる?拗ねてるよね飛雄君。あのね、飛雄君は世界的に有名なバレー選手だし私の自慢の世界で一番カッコいい旦那様だから。バレーでもカッコいいし旦那としてもカッコいいって最強なんだから比べられないの」



「………お前、そういうの急に言うのやめろよ」



ハーー、と軽くため息を吐き出して顔を覆った飛雄に笑う。
ミラノの街並みは美しい。
駅からすでに日本と違いがあり、初めて見る世界に興奮がやまない。
普段はローマで過ごしているがそれでもまだ慣れない。
国全体がお城のような雰囲気を纏うイタリア、コート上の本当の王様になった飛雄にはぴったりだ、と心の中で思い、微笑む。
ミラノと言えば、有名な大聖堂ドゥオモ。
聖堂内部も見て回る。
巨大なステンドグラスも迫力と神秘的であまり絵画などに興味のない飛雄も、その圧倒的な様子に息を飲む。
多くの人が席に座ったり回覧して回る中、そっと手を繋いで「なんかほんとに王様とお妃様の気分になるね」とほくそ笑めば、飛雄もフ、と歯を見せて照れくさそうに笑った。
一通り見て回った後、お隣にある巨大なガラス天井アーケードなショッピングモール・ガレリアへと入る。
繊細な装飾の凝られた石造建築に、開放的なガラスの天井。
床も美しいタイルで彩られ、土足で歩くのが忍びない。
事前に調べて置いた情報で、トリノの紋章の牡牛のタイルを見つけると、人だかり。
幸運の牡牛と呼ばれる、ここの牛のタイルの上で牛の急所を踏んで一回転すると幸せになれる、とか願いが叶うというパワースポットである。
回ってくると良い、と飛雄はごんべを送り出し、順番待ちをしているごんべを見る。
タイルの上でくるり、と回ると多くの人に見られながらが恥ずかしかったのか、すぐに小走りで飛雄の元へと戻ってくる。
飛雄もそんなごんべを抱き留めた。
「考えたら、もうすでに幸せだったからこの幸せが続きますように、ってお願いしてきたー」とごんべは飛雄の両腕を掴んで笑っている。



「ごんべ」



「ん?」



「Da quando stiamo insieme mi sento felice in ogni momento della mia giornata.」
(お前と一緒にいるから、俺も毎日どの瞬間にも幸せを感じている)



「……!!!」



ど、どこでそんな口説き文句覚えてきたのーー!!と真っ赤になって顔を覆うごんべを見下ろして悪戯が成功した子供のように笑う。
今まで受けたどの口説き文句よりも素敵で胸に響くのは、飛雄が言うから、だからだろう。
そうして1日のミラノ散策を終え、ローマに戻り、天童のチョコレートは高級品だから試合勝った時に一緒に食べようと話して、翌日いつも通り飛雄はチーム練習へごんべは仕事へと出かけていく。
ちなみに。
あらゆる口説き文句を学んだ飛雄は、街中で買い物をして少しはぐれた際に声をかけられるごんべへの言葉の意味も分かるようになり、きちんと自分が何を話しているかを聞き分けて、断れるようになったことでストレスが軽減した。
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