AtoZ−社会人時代 2ー




 試合後の食事中。
「そんで月島が呼ばれた強化合宿に俺が乗り込んでー…」と思い出話に花を咲かせている時に「そういえば、白鳥沢のマネなのにいなかったね」と月島が挟む。
ごんべの向かい側の谷地も「確かに!3人は会っててもおかしくないですね!」と自分のマネ経験も合わせて相槌を打った。
影山も隣に座るごんべの答えが気になってか口におかずを運びながら見下ろした。



「1年強化合宿の事ですよね。最初は私がサポートで入る予定だったんです。初日はレギュラーメンバーの方に行ってて」



「2日目は牛島さんたちも来たよな!」



「………実は、鷲匠先生が…日向君にさせるからって」



「………!!!」



「五色君に聞いてかなり厳しく扱われてたって。でも鷲匠先生、厳しければ厳しいほど期待してる証拠だったから…先生は優しいですねって言ったら小突かれたの思い出した」



「お、俺!鷲匠先生に滅茶苦茶お世話になった!なんか嬉しい…!」



「先輩たちも言ってたよ、日向君は根性あるって」



「ふおお……!アザーッス!!」



バッ!と影山越しの日向が頭を下げたのを見て、大人になったなと思うのと同時に変わらないなぁと思った。
突然の休暇に戸惑い、練習記録もまとまった頃に覗き見しに行った。
サポートなのに、あの中で誰よりも必死だったな、と。
日向は見ていると、やる気を奮い立たせるというか、自分もあの位したくなるというか。
そういう鼓舞させる何かを持っている、そんな魅力ある人だと思った。
きっとそれに、影山も引っ張られてここまで来たんだろうと見上げると不思議そうな顔をされた。
ニッコリ、笑えばパチパチと瞬きをした後にポス、と頭に手を乗せられて撫でられた。



「僕、素直に疑問なんだけど、ななしさんと影山って接点何なの?白鳥沢行くような人が……」



「おい、なんだその目は」



なんでこの馬鹿と?と言わんばかりの目に喧嘩を売られていると感じた影山が斜め前の月島を睨み返す。
それに慌てる山口と谷地を置いて得意げに顎に手を置いた日向が口を開いた。
かつて帰り道で聞いた話、そしてあの衝撃的な場面。
さらにはあの影山の、というインパクトの強さからそのことはよく覚えていた。



「月島くーん!それはだね、小中一緒だったっていうふかぁーい事情が…でも俺も馴れ初め?聞きたい!」



「なんで日向がそこまで知ってんの…怖いんだけど」



「そのままだねぇ。小学校と中学校が一緒だったのと飛雄君が優しかったからだよ」



「……?」



「やさ、しい?」



「ななしさん、頭いいのに、優しいの意味を知らない…?」



「あ、あれ?いやホントに!一人で待ってるバス停付き合ってくれたし、バレーもさせてくれたし、帰り道は絶対送ってくれてたし、ご飯も誘ってくれたし、荷物運ぶのも手伝ってくれてるし……なにより、約束は絶対守ってくれるし」



月島、日向はごんべの「影山は優しい」という言葉に思いっきり顔を顰め、山口と谷地は苦笑いをこぼした。
そんな烏野同期の反応を見て、酷く狼狽える。
一体、自分の彼氏は高校時代どういう振る舞いをしていたのか、と逆に不安になる。
谷地は「それはきっとななしさんだったからですね…!影山君は本当に、ななしさんのことずっと好きみたいでしたから」と笑って言う。
その言葉に、どういうことだ、とごんべも、影山以外も谷地を見た。



「影山君、会いたいーって言ってました!今思えばあれはななしさんのことだったんだろうなぁと」



「………俺そんなこと言ってたか?」



「無意識ですか影山くーん!」



「るせぇボゲ!」



「お熱いことでー。あ、カルーアミルクお願いしまーす」



「ツッキー!ヤケになってお酒飲んじゃってない!?」



















「飛雄君、もっと話してても良かったんだよ?」



「十分話しただろ」



「…ね。私、飛雄君があんなに誰かと楽しそうなの、久々に見たなぁ」



帰り道。
日向たちと別れてホテルへ向かう。
ふあー、と大きく欠伸をしているところを見ると、いつも影山が寝る時間だと思いだす。
ごんべも影山に合わせて寝ているため、少し眠い。
ふわふわとした気持ちのまま、「でも、嬉しい話ばっかり聞けたな」と零す。



「会いたいって思っててくれたんだなって」



「……覚えてない。でも忘れたことは一度もない」



「ふふふー。私も」



「………そうか」



クスクス笑いながら、隣を歩く影山の体に少しもたれ掛かる。
それを受け止めて、そっと手を握りしめられる。
歩幅も違うのに合わせてくれるし、自分もそれに合わせる。
明日は試合に勝ってね、と言えば当たり前だと返される。
自分だけだと思っていた気持ちが、影山もそうだったと知れて、本当にいい日だと思った。














「ただいま」



「おかえりー!…って、あらら大丈夫?」



「……大丈夫」



イタリア移住後。
留学の事もあってか、就職は順調に出来た。
旦那である影山飛雄はイタリアプロバレーボールリーグ・セリエA1のアリ・ローマへ移籍。
北半球最高峰のリーグである。
フラフラ、としながら帰宅してきた飛雄を抱き留めれば、ぎゅ、と腕を回される。
ポンポン、と190cm前後の頭を撫でていれば、なんか唸りだした。
恐らく……バレーは問題ない。
バレーに関してだけ言えば、飛雄に出来ないことはないのだろうと思う。
一生、成長し続けるだろう、そういう人だと分かっている。
ではなぜこんなに唸っているのか。



「……まだ慣れない、よねぇ」



「慣れねぇ。頭パンクしそうだ………」



「飛雄君、バレー用語ならすぐ使いこなすのに、日常会話が難しいって逆に凄いよ?」



「うるさい……」



言語、である。
バレーのプレー中は問題ない。
初めて聞いた言葉でも、バレー中なら瞬時に理解できてしまうのだ。
ただそれから離れてしまうと呪文の様にしか聴こえないらしい。
こればかりは少しずつ勉強して慣れていくしかない。
とはいっても、普段もトップリーグ内で練習を頑張らなければいけない、家に帰ったら自分の体調管理の為にも無理して遅くまで起きて勉強するわけにもいかない。
たまにあるオフ日に一緒に買い物に出て日常会話で慣れていく練習……というかごんべが話しているのを聞いて後から翻訳した意味を聞く、という感じ。
ので、居ないときに頭がパンクしそうになるらしい。
なでなで……と胸に埋まっていく頭。
自分の旦那だから許せるが、いわゆる男のロマンというのを堪能しているのかしていないのか。
「お前の胸でけぇ。柔らかくて気持ちいい」とか言ってる。これは本当に疲れているらしい。



「飛雄君、このまま寝ないでよ?お風呂入ってご飯食べよ。そのあとマッサージしたげる」



「…………それもいいけど」



「ん?」



「………一緒に風呂入ろ」



「………!!!………っ、〜〜…!い、いよ!」



「ごんべはホント俺に甘いよな」



「飛雄君限定ね!」



こて、と肩口に頭を乗せ直して耳元で言われた言葉に、そっちのお誘いか!と顔を真っ赤にして応える。
同居してもう5年近く。
そういう経験をしていないわけではない、のだが普段練習や試合で忙しい飛雄相手に決して多くはないそれにまだ慣れない。
目を細めて嬉しそうに言われた言葉に、そりゃそうだと思う。
これからも、飛雄を甘やかして駄目にしてしまうかもしれない。
けど、自分の前だけでもそうであるなら、それで少しでも気楽に、弱音を吐ける場所になれるなら。
これからもずっとずっと傍にいようと思う。
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