小説 | ナノ


深夜4時25分。静寂な室内には外を走る車と時計の秒針を刻む音、それから微かに聞こえる寝息だけで支配されている。ちらりと横に目をやる。パソコンの照明に照らされた凹凸の激しい顔立ちは暗くても明るくても容姿端麗な事には代わりない。ピアスやタトゥー、せめて髪型だけでもまともならば彼は飛ぶ鳥落とす勢いでモテるだろう。なんて望んでもいないくせに内心だけでごちる。競争率なんてどんなに低くくても安心しきれない。


 おざなりに眺めていた求人サイトを閉じて好きなモデルのブログを開く。載せる写真はこれまた閲覧者の羨望を集めるお洒落な服装にお洒落な食事、自撮りに撮影風景といった充実感で満たされた華やかな日常。本当、1日でいいから人生を取り替えて貰いたいものだ。
周りが就活だ面接だと騒ぐ中で将来に対するビジョンも希望も活力もそれこそ何一つ見出だせぬまま、臭いものに蓋をする要領で目を逸らしてきた結果が今に至る。これだからゆとり世代は、と罵られてもごもっともですとしか返せない。生きててごめんなさいとはこの事だ。嘆きは誰の耳にも届かず沈殿するばかり。

 思い返せば私は物心つく頃から頑張るという行為が出来ない子供だった。学力普通、時々中の下。芸術や音楽での才能も開花されず平凡を体言化してきた。適当に学校へ通い、適当に人付き合いをこなし、適当に歳を重ね続けてきた。父は中小企業のサラリーマン。母は百貨店の販売員。それなりに優秀だった兄は公務員となり、飼い犬のコーギーは今年で3歳となる。普通といえば普通。家のローンは残っているが他に危惧するような借金もなく、お金に困るような事例もなかったので世間的に見れば中流家庭だろうか。在学中は「就職活動ってなに?美味しいの?」それが私の脳内に占める残念な思考回路であった。内定を貰えたと喜ぶ友人には中身のない賛辞を送り、落ちたと絶望する友人には背中が発火するほど擦って慰めた。そうして私は、ただ気紛れに。ただ怠惰に日々を過ごし、気づけば大学を卒業。気づけば在学中の2年間バイトしていた雑貨屋で週4のシフトをこなす立派なフリーターとなった。夢を追い掛けるフリーター格好いい。しかし私には夢も糞もないのだ。せっかく私立の馬鹿高い学費を払ってやったのに、と嘆く両親に対して日々罪悪感と反発心を抱きながら今日も今日とて雑貨屋に立つ。正直言えば、未だに就活したくねえなという思いは消えない。いっそ結婚してやるか。目指せ玉の輿。浅はかで短絡的で、尚且つ身の程知らず。ちらりと横で眠る美しい造形に批難がましい目線を送る。どうしてウタさんは喰種なの。どうして私を安定させてくれないの。問えば返えは明白だ。「なら、どうして名前は人間なの」論破は無理である。


「……眠れないの?」
「ごめん、起こしちゃったかな」
「あまりにも熱い視線を感じたから、起きた方がいいかなって」
「ごめんなさい。目の保養と理不尽な憤りをぶつけていただけなの」

そう言えばウタさんは暫し思案した後、私の頭を抱えるようにして自身へと引き寄せる。彼の首筋に顔を埋める形で添い寝の体勢になった。

「仕事探してたの?」
「うん。でもウタさんが養ってくれるなら探す必要ないんだけどね」
「養ってもいいけど、未来は保証出来ないよ」
「……そこは嘘でも俺に任せろって言って欲しかったな」

頭上でクスクスと笑う声。そんな彼の飄々とした態度に不貞腐れて、鎖骨に唇を押し付けた。いっそ歯でも立ててやろうか。私自身ウタさんと結婚したいかと聞かれれば躊躇いの方が先立つ。ウタさんは喰種で私は人間だ。気持ちが変わらなければ添い遂げる事は可能性として0ではないが、子供を生んだり戸籍上で結ばれたり、その他あれこれに関しては断念せざるを得なくなる。今すぐに子供が欲しいって事もないが、いつかは欲しいと思う。それに、私だって人生に一度くらい違う姓を名乗ってみたい。あとは単純に、食べられてしまう危険性を常時隣り合わせにして過ごすのは些か心臓に悪いのだ。信用なんて欲の前にはあまりに無力過ぎる。ダイエットに成功した試しのない私にはこの発言に対する説得力もあるだろう。

「また何か難しい事考えてる?」
「わかるの?」
「眉間に皺が寄ってる」
「……どうやって見たの」
「やっぱり寄ってたんだ」

彼の骨ばった長い指が私の眉間をぐっと伸ばす。年齢的にみて大きく離れている訳でもないのに、彼はこうして時々私を幼い子供のように扱う。

「もう朝になっちゃうから寝ようね」
「まだ眠くないもん」
「そんな事言って、昼夜逆転したら早番の時に辛いのは名前だよ」

ぐうの音も出ずに押し黙る。明日は休みだからと甘えていたが、どうやら離してくれる気はないらしい。その証拠に、私を寝かしつけようと指で髪を優しくすいてくれる。私はこれに弱かった。あまりに心地よくてすぐに瞼が落ちてくる。ウタさんは全てを把握した上で行動に移すのだからやっぱり狡い男だ。

「ウタさん出掛ける時は起こしてね」
「うん。その前に名前が自力で起きれたらいいね」
「……努力します」

将来に不安がないと言えば嘘になる。ウタさんとの関係も実に脆くて危うい。私達の交際は、周知された瞬間から全てが台無しになる危険性を孕むほどに儚いのだ。寧ろ私はもっと自覚を持って焦るべきなのかもしれない。それでも私の髪をすいてくれるこの手は温かいし、彼への愛情も確かに存在する。だからどうかもう少し。もう少しでいいから、将来ではなく今この瞬間に掴める至福に浸っていたい。


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