小説 | ナノ


 幼い頃から両親や親戚を始め、周りから蝶よ花よと育てられた美しい少女。町を歩けば「可愛い」と持て囃され、歳を重ねれば少女は「可愛い」から「綺麗」「色気も出てきた」と内容は変われど称賛の声が途絶える事なかった。少女特有の大人にもなれず、子供でもいられない危うい美しさ。無垢で純真。穢れのない透明感。
それが私を形作る全てであった。
高飛車になる必要はない。私は私に浴びせられる羨望、好意、色情、妬み、嫉みをただ静かに受け入れて体内に取り込み、消化すれば済む話だったのだから。美しい表皮は強い武器であり、時には命をも脅かす危険材料にもなり得るのだ。そんな私の前に突如として彼は現れた。自分よりも圧倒的に美しく、危うい色香を放つ少年ジャイボに。彼は私に告げた。
「綺麗だね」と。でも、と続けてて「君は2番目に綺麗。1番はゼラだよ。きゃはっ」と。ゼラというのが女の子なのか男の子なのかは知らないけれど、こんなにも美しい少年が言うのだからそうなのだろうと素直に受け入れた。「ならあなたは何番目なの?」と尋ねても、彼は愚問だと言うばかりに「僕は誰かと比べる必要なんてないよ。だってゼラが僕を1番だって言うから」とまるで神からのお告げを受けたかのように断定していた。それほどまでにジャイボが神聖視するゼラというのはどんな子なのだろう。疑問は募れど、彼らに深入りするのは些か危険だと本能的に感じた為、私が追求する事はなかった。
ジャイボは時々ふらりと下校中の私を捕まえては、公園や空き地、工場の廃墟へと誘った。断る理由もなかったので私はいつも彼の誘いを受けていた。会う度に交わされる接吻。想像していたよりもずっと生々しくて、湿っていて、気持ち悪いその行為はしかし何故だろう。自分がしていると醜いおぞましい行為であるのに、ジャイボを単体で見るとこれほどまでに美しい行為もないように思えた。ジャイボがゼラを神聖視するように、恐らく私も彼を神聖視しているのだろう。

「名前、僕とセックスしない?」
「セックス…?」
「女の子ともしてみたいんだ。きゃはっ」

女の子とも、という台詞にやはりゼラは男の子なのかと妙に納得した。ジャイボのような人を男色家と呼ぶのだろうか。私には月経がきている。避妊具がないと妊娠してしまう可能性もある。思考はぐるぐると纏まらない。どれも当事者である筈なのに、どれも現実味がなかった。気づけば私は頷き、ジャイボとセックスをしていた。快楽と痛みが伴う行為中ずっと「プリンにパイ、アイスクリィムにチョコレイト」等と甘いものを脳内に羅列させていた。ただの気紛れだった。唇からは甘ったるくて卑猥な声が発せられ、まるで身体と魂が別のものになったような錯覚に陥っていた。



「僕ね、声変わりが始まってきたんだ」

行為が終わっても、ジャイボは服を着ようとはせず、ただぽつり。その一言を溢した。まるで死刑宣告を受けたような暗く這いずるような声で。

「そう…」
「僕、醜い大人になっちゃうのかな」

大人は醜いという概念に執着がなかった私は、差ほど事の重要性を感じられずに過ごしてきた。しかし、きっとジャイボのような自覚のある中性的な少年にとっては、今の魅力が期限付きであるという強迫観念に苛まれているのだろう。内心だけで納得した。私はジャイボを神聖視している反面、彼を怖いと畏怖している。

「ジャイボは、例え大人になっても綺麗で美しいままだと思うわ」

私の言葉に彼は返事をしない。彼の足元には踏み潰された大量の蟻の死骸があって。まるで生命の息吹を止める事だけが救いであるかのような。

「名前は大人になるの?」
「私は……寧ろ大人になりたいわ。汚い大人もたくさんいるけれど、それ以上に自由にもなれるから」
「じゃあ、今は自由じゃないの?きゃはっ」

漸く笑ってくれたジャイボにつられて笑みを返す。ほの暗く鉄錆や埃の臭いが充満したこの廃墟に、彼はあまりにも美しく不恰好であると思えた。


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