小説 | ナノ


私は美しいものが好きだ。
しかし綺麗なものへの優劣は曖昧で、キラキラと輝く馬鹿高い宝石も綺麗だと思うし、河原にごろごろ落ちいてるそこら辺の石も綺麗だと思う。花は特に良い。彩り鮮やかに飾られた花屋の花が綺麗なのは当然で、道端にひっそりと咲く花だってやはり等しく綺麗だと思える。その理論で人だって綺麗な人が好きだ。人々がテレビに映る華やかな俳優やモデルに心惹かれるのは至極当然の感情であろう。

 私はジャイボが好きだった。その好きがどのカテゴリーに分類されるかはよくわからない。惚れた腫れたの意味合いになるのか、或いは友達として人として好きなのか。
ジャイボと私は所謂幼馴染みで、特別仲が良い訳でも悪い訳でもないが幼い頃から見知った関係であるというのは間違いなかった。ジャイボは町医者の息子、私は薬剤師の父親を持つ娘。治療には薬が必要不可欠なように私達、と言うよりは親同士の親交は仕事上でも非常に深かった。ジャイボは幼い頃から女の子ように可愛くて、笑えば花のように鮮烈な美しさを纏う男の子だった。私は昔話に出てくるお姫様を見ている気分で彼と接してきたように思う。彼が見た目の美しい少年で終わらない事も承知の上で、幼い頃から虫や蛙を無惨に殺しては彼特有の「きゃはっ」というシニカルな笑い声を上げる事もわかっていた。ある意味当然といえば当然だろうが、そんな彼が平凡な私に興味を持つ事はなく、互いに小学校から中学校へ。共学でない為関わる機会は歳を重ねるにつれて段々と減っていった。



 昨夜の晩、両親が2人で食事に出掛けてくると言ってきた。結婚記念日に仕事で休みを取れなかった為、代わりに明日お祝いをするとの事だった。両親の仲が良いのは子供として喜ばしい事である。学校から帰ると宣言通り2人はおらず、ラップされた肉じゃがの横にはメモが残されていた。温めて食べようと器を持ち上げた時、突如裏庭からガサガサと物音が聞こえてきた。猫だろうか。肉じゃがの器を一旦テーブルに下ろし、恐る恐る縁側へと向かう。

「……ジャイボ?」

そこにはジャイボが立っていた。何故裏庭から?と疑問を感じつつも彼を出迎える為にどうぞと声を掛ける。まるで猫のようにするりと、黙ったまま靴を脱ぎ縁側からリビングへと移動する。

「ジャイボ、久し振りだね」

学ランに身を包む、以前よりも格段と美しく妖艶に育った幼馴染みへ挨拶をする。昔は典瑞くんと呼んでいたが、彼の希望により2人の時はジャイボとアダ名で呼ぶようにしていた。彼の言う通り、ジャイボという名は彼にとてもよく似合っている。
私の声に顔だけで振り向いた彼は花が散りそうなほど鮮やかな笑みを携えて「久し振り」と返してくれた。

「それにしても、どうしたの?急に訪ねてくるなんて」
「父親が言ってたんだ」
「え?」
「名前が綺麗になったって」

投げられた言葉の意味を咀嚼するのに変な間を空けてしまったが、理解すれば途端頬に熱が集まる。

「雨谷さんが…そんな事ないのに」

狼狽える私の顔をそれこそ穴があくんじゃないかと思うくらい凝視した後、ふぅんと何か納得したような声を漏らす。

「本当に綺麗になってるや!きゃはっ」
「ジャイボ…」
「今日はね、名前の事が知りたくて来たんだよ」
「知りたい…?」

疑問が連なり首を傾げる。私の返答を待つ気は更々ないのか、唐突に腕を掴むとそのままずんずんリビングを通り抜けていく。見た目からは想像も出来ぬ意外と力強い彼の腕に抗う術もタイミングも逃して素直に従う事にした。昔からジャイボが私の制止を素直に聞いてくれた覚えなどなかった為、諦めるのが得策なのだ。自室へと続く階段を引っ張られるまま昇り、上がってすぐ左手側にある私の自室を一瞥したジャイボはそのまま奥へと進む。そこは両親の寝室で、流石に彼らが不在の今勝手に入る事に後ろめたさを感じて今更ながら抵抗を試みる。引っ張られる方向とは逆に力を込めれば、漸くジャイボが振り向いた。

「どうかした?」
「どうかしたって、そこはお父さん達の寝室なの。私の部屋はあっちだよ」

自室を指差し眉根を寄せる。声には少しばかりの批難が混じっていた。

「そんなの知ってるよ。名前の部屋で何度も遊んだでしょ」
「なら…どうして?お父さん達の寝室に何か用事でもあるの?それなら帰って来てから…」

言い終わる前に唇を柔らかい何かで塞がれた。至近距離に広がるジャイボの端整な顔。長い睫毛、鼻筋の通った高い鼻が私の鼻にぶつかっている。キスをされていると脳が理解した時は既に彼の顔は元の位置へと戻っていた。

「な、なにして…」
「キスだよ。だって名前、僕の事好きでしょ」

掴まれていない方の手で唇を覆う。柔らかくて湿った感触が未だ鮮明に残っている。生々しくて、少しだけ気持ち悪い。混乱する頭と目の前で笑う少年が自分の見知った少年とは異なるような錯覚に陥り、言い知れぬ恐怖が身体中を駆け抜ける。

「ジャイボの事は好きだけど、でもだからってこんな…」
「こんな?」
「な、何するつもりなの?」

手を振り払おうと力を込めるが、今度はジャイボの掴む手にも力が加わりその圧倒的なまでの力量差に愕然とする。男女の交わりについてはドラマや映画で何度か観た事があった。少女漫画でも恋人同士がキスをする場面は描かれていたが、今自分が置かれている状況は幸せなそれらとはまるで正反対の位置にいる気がして益々混乱を極める。

「僕ね、好きな人がいるの」
「……え?」
「ゼラって言うんだよ。ゼラチンペーパーみたいに半透明で綺麗だから」

状況と前後の会話が噛み合わず、目の前にいる少年に抱く恐怖が膨れ上がる。彼は今いったい何の話をしているのだろうか。

「ゼラがね、女の子が欲しいって言うの。僕の方が綺麗なのに」
「……ジャイボ、」
「ずーっと意味わかんなくて、苛々してたんだけどさ。でも、今なら少しだけわかる気がするんだ」

言い終わるや否やぐいっと更に強い力で引っ張られ、足が縺れながら両親の寝室へと連れて行かれる。掴まれた部分の腕が、いっそ骨が軋むようにじんじんとした痛みを放つ。抗議の声を上げようと口を開いた瞬間、身体は勢いよくベッドへ叩き落とされた。

「な、何するのよっ!」
「僕とイイコトしようよ、きゃはっ」
「いいこと…?」
「癖になっちゃうくらい気持ちいいんだ」

覆い被さってくるジャイボに見下ろされる。恐怖と混乱が極限に達して視界が歪んだ。彼の目は、昔見た無力な虫や蛙を殺している時と同じギラギラした狂気が広がっており、ガタガタと小刻みに唇が震える。

「なに震えてるの?寒い?」

意地の悪い問いに返す言葉はなかった。再び重ねられる唇。開きかけた隙間から生温く濡れた肉厚の舌が捩じ込まれ、目を見開く。瞬間的に彼の舌を噛みそうになったが、冷たい手がセーラー服の中へと侵入してきた事により意識が散り散りに分散される。無理矢理舌を絡め取られ、上顎をちろちろと舌先でなぞられる感触に身震いする。ぐちゅぐちゅと混ざりあう唾液。いつ吸っていつ吐いたらいいのか。上手く呼吸が出来なくて頭がぼーとする。酸欠状態になっているのだろう。膨らみ始めた胸を覆う下着を強引にずらし、細くて長い指が胸の突起を掠めた。今までに体験した事もないような甘い疼きが体内を駆け巡る。

「女の子とは初めてだからなぁ。上手く出来るかわかんないや」
「ジャ…イ、」
「壊しちゃったらごめんね。きゃはっ」

てらてらと濡れた唇が独り言のように呟く。めくり上げられたスカートから覗く太股を無遠慮に這うジャイボの右手。吟味するかのように鎖骨から首筋をべろり、舐められる。

「女の子って甘いんだね。ゼラとは違う」

太股から更に奥へ。下着をずらして侵入してくる指が突起に触れた瞬間、痺れるような快楽が脳を突き刺す。自然と漏れでた甘ったるい声。羞恥と恐怖と快楽がごちゃごちゃと複雑に絡み合う。

「僕はゼラが好き。名前は僕が好き。僕は、僕はさ、名前を好きになれると思う?」

耳元で尋ねられた言葉から毒が滲み出す。先程から流れ落ちる涙をぺろりと舐め取られ「涙はしょっぱいや」と声変わりのしていない高い声がカラカラと笑う。両親は確か8時には帰ってくると言っていたが今は何時だろうか。こんな姿を見られたらどうしよう。頭は意外と冷静さを取り戻し、目線だけを窓に移す。陽は傾き優しいオレンジ色がカーテンの隙間から漏れていた。再び目に膜を張る涙。どうして自分はこんな状態になっているのか。募る疑問に答えなど返されない。異物の侵入による引きつるような強烈な痛みに膜はあっさりと破られ、一際甲高い声が室内に響く。

内緒


第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -