小説 | ナノ


 田宮君は正義感が強くてリーダーシップのある幼馴染みの男の子だ。
小学校の低学年までは時おり、田伏君や金田君を交えて4人で遊ぶ事も多かったが、ある日を境に彼らとの交流は減っていった。理由は母に咎められたから。最初は女の子1人で男の子の中に入って輪を乱すものじゃないとか、はしたない、なんて最もらしい理由を述べていたが、今ならそれが全て嘘なんだと理解出来る。母は嫌だったのだ。螢光町の男の子と交流を持つ事が。今の私の家は、ちょうど螢光町との境に建っている。仲良くなったキッカケは忘れたが、以前螢光町に住んでいた事があり、その時にご近所だった事もあって自然と仲良くなった気がする。母は私たちが螢光町に住んでいた過去を必死に揉み消そうとしている。故に、引っ越した今でも彼らとの関わりがある事に嫌悪したのだろう。その気持ちが理解出来ない訳でもない。実際引っ越す前は私も学校で虐めに遭っており、その原因は住まいが螢光町だからといった理不尽なものであった。大人ですら嫌悪する町だ。両親から見聞きした情報を鵜呑みにして、理由もわからずに差別するのは幼いが故の残酷さにあるのだろう。住まいが変わってからは徐々に虐めに遭う事もなくなって、今ではすっかりクラスにも打ち解けている。蛍光町が好きか嫌いかと問われれば、私とて嫌いという感情に近い。しかし、だからといってそこに住む彼らを理由もなく嫌う必要はない。今でも時おり、母に内緒で田宮君とだけは遊んでいる。遊んでいると言っても、会って話す程度ではあるが、彼はとても良く成長したのだ。身長もスラリと伸びて、体躯もしっかりとしている。そして何より、顔が格好いい。年頃の女子が騒ぐだけの事はある。彼は、私の通う女子中でも隠れたファンが多い。


「なんだよ、これ…」
「ラブレターよ。ああ…でもこの場合はファンレターの方が正しいのかしら」
「はあ?ファンレターとかラブレターとか意味わかんねえよ」

差し出した花柄の封筒を、彼は一向に受け取ろうとしない。眉間に皺を寄せたまま、じろじろと封筒を睨み付けるばかりだ。

「せめて読んであげたら。その後は捨てちゃってもいいし」
「捨てるって……お前な」
「何よ。捨てるのが忍びないって言うなら、この子に会ってあげればいいじゃない」

なるべく声が上擦らないよう慎重に言葉を紡ぐ。私の緊張が伝われば、途端に警戒されて計画がバレてしまうかもしれない。本当ならばこんな手紙を渡す事自体かなり勇気のいる行為だ。出来る事ならさっさと受け取って、このやり取りを終えてしまいたい。

「……その手紙書いたのってどんな奴?」
「どんなって…知らないわよ。私だって仲良くない子だし」

これは嘘。だって、この手紙を書いたのは他の誰でもなく、この私なのだから。目と目を合わせて、声に出して気持ちを伝える勇気はどうしても出なかった。母への罪悪感もほんの少しだけ存在した。そして何より、気持ちを告げてしまえば今の関係が壊れて戻れなくなる可能性だってある。それを危惧した結果が今に至るのだ。差出人の欄は、別の全然知らない女の子の名前を書いた。自分でも愚かだと承知しているがこればかりは仕方ない。手紙を握る手に知らず力が入り、皺が出来ている。

「会った事もねえのによくこんなの出せるよな」
「……これをキッカケにして仲良くなりたいんでしょう」
「そんなもんか?俺にはわかんねえや」

手紙から視線を外し、宙を仰ぐ彼からは真意が読み取れない。ただ煩わしいとは思っているのだろう。彼は色恋や異性に対する興味はまだないように感じる。男の子よりも女の子の方が遥かにませている、という言葉が正しく立証されたような心地だ。

「あー…」
「どうしても嫌なの?」
「嫌っていうか……まあ、読むぐらいなら」
「え、いいの?」
「いいのって…読め読め煩かったのはお前だろ。何だよ今更」
「別に煩くなんて…私はただ、田宮君に渡せなかったなんてその子に言いづらいだけよ」

馬鹿みたいだ。例え読んで貰ったところで彼にこの想いが伝わる訳でもないのに。それでも伝えないと気が済まないなんて、私はいったい何がしたいのだろうか。


「最近さ」
「え」
「最近、俺何でこんな事してるんだとか、何でこうなったのかって考える事が増えてさ」

突然切り出された別の話題に戸惑い、妙な間が生じた。何とか返さねばと妥当な答えを頭の中で探りつつ、彼の心境を汲み取るべきだと表情から言葉を吐き出す。

「後悔、してるの?」
「後悔か……どうだろうな」

夕日に照らされた横顔に、もう先程までの憂いを帯びた切なさはなかった。鼻筋が通っていて、シュッとした綺麗な輪郭。薄い唇。少しだけ長い睫毛。彼の言葉を待つ間に、幼かった頃の姿を思い浮かべる。田宮君はガキ大将のようでいてその実、仲間思いで正義感のある強い男の子だった。だけど彼の持つ正義感の中にはずる賢さも備わっており、いつも田伏君や金田君をからかっては笑って振り回していた気がする。

「何が正しくて何が間違ってるのか、最近は本当によくわかんねえや」
「……そう、なの」
「あれこれ考えて動くのは好きじゃねえからな」
「うん」
「っと、そろそろお前、帰らないと怒られるだろ」

パッと此方を向いて笑う彼に、頬が熱くなる。悟られぬよう俯き、適当に相槌を打った。

「取り敢えず、貰っとくわ」
「うん、ありがとう」

握りしめて皺の増えた封筒を彼はぞんざいに受け取っては鞄の中へと押し込んでいる。彼の抱える悩みを共有する事は許されなかった。頼りないからだろうか。一抹の寂しさと、何故もっと上手い言葉を返してあげられなかったのかと自身の語彙力の無さを悔やんだ。立ち上がって歩き出す彼の背中に、余計寂しさが募る。それでも別れの時間を引き伸ばす事は私自身難しい事も、あってすぐにその背を追い掛けた。

「次、いつ会えるかわかんねえけど、ちゃんと読んで答えるよ」
「……うん。私もテスト控えてるから頑張らないと」
「テストなー。怠いわ」

他愛もない話を続けている内、あっという間にそれぞれの帰路に続く分かれ道まで辿り着いた。この先を曲がれば蛍光町から私の住む町へと変わる。彼はこのまま真っ直ぐ進んで自宅へと帰るのだ。

「じゃあな、名前」
「うん、田宮君も。バイバイ」

今日初めて呼ばれた名前は、彼と別れる直前に紡がれた。田宮君、どうか少しでもその悩みが解決されるといいね。私に出来る事があれば何でも言ってね。なんて、結局何も言い出せないまま互いに背を向けて歩き出す。次に会えるのはいつだろうか。考えて、私は少しだけ泣きたくなった。


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