5/3 春誕



ゴールデンウィーク、テレビの中の観光名所や高速道路に人が溢れかえしている。明日あたり交通渋滞は凄まじいものになるんだろう。それにしても絶好の行楽日和、麗らかな陽射しもいいけれど、寒冷だった冬もちょっぴり恋しい。なんて言ったら、折角来てくれた春に対して悪いよね。


「お待たせ」

ラムネのびんを二本、お盆にのせてリビングに運ぶ。ソファーの右端に座っていた春はこちらに気づくと人差し指でテレビの電源を切った。今日は見たことのない青いチェックシャツを着ている。


「今日は本当にいいお天気ですね」


お盆を置くと俺も隣に腰掛けた。体が絶妙に沈む。俺の履いている白いデニムと一体化する、皮張りの白いソファー。物心ついた時からここにある、俺の密かなお気に入り。今ではオフホワイトに近いけれど、そんな変化も愛しいと思えるようになった。


「そーだね…」


一口含むとしゅわしゅわ二酸化炭素が弾けて消えていった。冷たくて美味しい。昔懐かしい味に思わず耳の位置まで持ち上げて揺らしてみる。カラコロとビー玉の音がした。
「こうするとさ、風鈴みたいじゃない?夏が来たーってかんじ」

「気が早いですよ悠太くん。やっと春らしくなってきたとこじゃないですか」

春は可笑しそうに、それでも俺にならってラムネのびんを掲げた。カラコロ、カラン。何処にもいけないビー玉は青いガラスのなかでくるくる回る。閉じ込められているんだ、何処にもいかないように。俺は少し同情した。


「キレイ…」


カーテンの隙間を縫う太陽光が当たって、ビー玉はより強くなめらかに光る。


「なんだか…ずっとこうしていたくなります」


青いびんから目を反らさずに春が言う。それはきっと、俺も、だけど。


「駄目だよ。今日は春の誕生日なんだから…」

何かとくべつなことしなきゃ。


「だからラムネ買ってくれたんですか?」


あ、と今思いついたような顔。そうだよ、と頷く。


「久しぶりだし、いいかも、と思いまして」

季節外れだけどね。そう付け足すと本当そうですよね、とざっくり天然のナイフを心に刺される。
もう慣れっこだけど。



「…誕生日おめでと、春」


一年に一回、もう何度繰り返したかわからないその言葉は、毎年新しく色を変えてゆく。


今年のそれは、恋人に向ける愛情。


「ありがとう、ございます」


いつのまにか二本のびんはテーブルの上に戻っていた。

春の両手がゆっくり時間をかけて、一年前よりしっかりと俺の右手を包みこんだ。

こんな、まるでロマンティシズム全開な空気はどうにも恥ずかしい。
反射的にうつむくと、


「好きです」


俺の後頭部に甘言が降ってきた。

顔を隠そうとした自由な左手までやんわりと握りこまれてしまう。ああ、もう観念するしかないんだ。

「…俺も」




「愛してます、悠太くん」



一瞬さあっと風が吹いて、つられて顔を上げた。
唇を一文字に結んで、真っ直ぐ俺を見てくる春は、あまりに凛々しかった。



俺の無表情はあえなく崩れ去ってしまい、じわじわと頬が熱を持つ。春はやっと手を離してくれた。推定じゃなく顔が、赤い。


「悠太くん?まだ夏は先ですよ?」


ひとり愉しそうな春を咎めようとして、気づいた。春にもほんのり朱が差していること。
俺は何も言えなくなって文句をごくんと飲み込む。テーブルに並ぶラムネが目に入った。


「あー青いわー…」


カラコロ、カラン


結局俺達は、ビー玉を揺らすことに専念する。


「青いですねー…」


カラコロ、カラコロ




春だっていうのに、どきどきするくらい熱いなんて、本当に変わっちゃった。変わってしまったけど、根底にあるものはしゅわしゅわ消えて無くなった訳じゃない。やっぱり春は、春なのだ。




そんなひとつひとつが、どうしようもなく愛おしい。





サンシャイン・アフタヌーン




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