きみはしらないままでいい。




日曜日の午前11時。
梅雨時期だというのに太陽が威勢よく顔を出して笑っている。そんな太陽から身を隠すように、マンションのエントランスに青年が立っていた。まさに履きなじんだといった風の赤いコンバースに、ダメージと色落ちが適度に入ったグレーのスキニーデニム。こちらは青年の脚にフィットして、筋肉を伴い引き締まったラインを強調している。がしかし、その上に羽織られているのは、B系ファッションを彷彿とさせるオーバーサイズの黒いパーカーだ。フードは目深に被られている。

実際のところ本人は何となくそこに在ったから着たのだが、それらは見事に調和して彼を不思議な魅力のある人物に仕立てあげていた。

彼はヒップポケットからなおざりに携帯を引っぱり出して開く、ちょうどその時。

「ごめんゆっきー、おそくなった!」

触覚の生えた、小柄な青年が走り寄ってきた。

綺麗なオレンジのブルゾンに濃いデニムのハーフパンツというカジュアルな格好で、服のセンスは決して悪くない。ただ額ににょきっと生えているもののインパクトが金髪の美しさを明らかに凌いでしまっている。

「遅すぎ。もう千鶴なんてほって行くとこだった。だってほら、もう悠太見えなくなっちゃったじゃん」

指差す先には、住宅街の角を曲がる人影。


「だからごめんってば〜。ほら、急がんとゆうたん見失っちまう!」


そう言って青年の肩を叩くと勢いよく走り出す。遅れをとった青年、もとい祐希は携帯をぱちんと閉じると、誰のせいですか誰の…とぐちぐち呟きながらもターゲットを目指して軽快に地面を蹴った。



事の発端は一週間ほど前までさかのぼる。



「さて千鶴問題です。6月20日は何の日でしょう」


「え、」
「はいブー。正解は悠太の誕生日です」
「早っ!てか、それってゆっきーもだよね?」
「という訳でプレゼントを考えませう」
「俺のツッコミはスルーかい」


教室で始まったこの議題、すなわちゆうたんプレゼント大作戦は思いの外大きくなった。言わずもがなネーミングは千鶴による。

直接相手に何が欲しいか聞くなんてナンセンス、と意外にもロマンチストな節のある両者の意見が一致したのだ。茉咲に淡い恋心を抱いている千鶴は勿論、祐希だって淡くはないにせよ恋心を抱えている。


「あ、そーだ。日曜日に悠太のお出かけする様子をチェックしたらいいんじゃない?何欲しがってるとか分かるかも」
「いいね!そして後日すっとブツを差し出すわけだ…
゙君のことなら何でもわかるよ″
なんつってな!くぅ〜いいオトコだなぁゆっきー!」
「まずは日曜日、悠太をお出かけする気にさせないと」

段々と調子づいてきた祐希は、自分なりのキリッとした無表情で拳を固めた。




「ねぇゆーた。明日なんか予定ある?」

机に向かっている後ろ姿に意を決して声をかける。
悠太は椅子に座ったまま体を捻って祐希を見、どうしようもない表情をつくった。風呂を上がったのは幾分前なのに、祐希の髪からはぽたぽたと滴が連なっている。

「特にないけど…。何?」

聞いておいて椅子から立ち上がる。部屋を出ると、ドライヤーを手に戻ってきた。

「いや、実は」

明日発売の限定版アニメージャを買ってきて欲しいんだ、俺が行けばいいんだけど、明日こそ録り溜めしてるアニメ全部見てしまおうと思って。ほら、ついでにぶらぶらしてきたらいいじゃん

という内容のことを、困ったワガママ弟を演じながら努めていつも通りに頼む。悠太は瞬きの間だけちょっと首を傾げたあと、しょうがないなあ、と案外すんなり折れてくれた。
コンセントを差しこむ仕草がどこか芝居がかっていて、祐希は髪に温風を浴びながら、よかった満更でもなさそうだとほっとした。




しかし今朝、悠太は紺色のシャツに袖を通しながらも、じゃあ行ってくるねと念を押した。伏し目を縁取る長い睫毛。そこににじむ微量の寂しさを機敏に感じ取って、祐希はぐっと辛くなる。喉まで出かかったいっしょに行こっか、を必死に飲み込んで、行ってらっしゃいと手を揚げた。


その後あらかじめ申し合わせておいた千鶴と落ち合い、今に至るというわけだ。

「行くよ」
「…おう」


電信柱の影にビタッと身を張り付けながら、二人は不審者よろしく尾行を開始した。


15メートルほど前を歩くダークブルーの背中。


綺麗な背筋のラインを惚れ惚れと目でなぞり、祐希は決意を新たにする。


待っててね悠太、今日が終われば絶対に誕生日悠太の欲しいものをあげるから。
きちんと以心伝心出来ていたなら、どうか俺の気持ちに、答えをください。

俺がこんなに恋を患っていることも、罪悪感より高揚のほうが大きいことも、思わず脚線美…とつぶやいてしまったことなんて。

全部全部、きみはしらないままでいい。





決意表明に真剣な祐希は、いたずらっぽく目を伏せた悠太の微笑みに気づかなかった。



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