*ヴァンパイア祐×悠
わざと名残惜しげに音をたててやってから離れると、名前も知らない女子はうっすら頬を赤くした。
「ゆ、祐希くんっ」 「なに?」
「あのっ…私の血でよかったら、明日も、あげられる…よ」 「悪いけど、先約がある」
ひゅっ、と息を呑む音がした。じゃあね、サヨナラ。最早顔も忘れてしまった彼女の、首筋から歯切れ悪く滴る赤い雫に背を向けて、俺はブレザーを羽織った。身を切る夜風に冬の到来を知る。 今年こそは寒冬になるだろうか。
「ゆーき、また女の子引っ掛けたの」
路地裏に黒猫が、じゃなくて黒いブレザーに包み隠されて、とことん宵闇に紛れた人間がしゃがみ込んでいた。それはクスンと鼻を鳴らす。
「人聞き悪い言い方しないでよ。どうせ一夜だけだし、誰の血吸おうが俺の勝手です」
「でも結局女の子がいいんでしょ」
俺の特異体質のことを唯一知っている彼は下くちびるをへの字に曲げた。珍しくご機嫌ナナメらしい。
「そりゃー歯立てた時に柔らかいほうがいいもん」 「ヘンタイ。助平。吸血鬼」
「最後の、悪態になってないよ」
笑いながら近づくと、悠太はするりと俺の脇の下を抜け、距離を保った。相変わらず猫くさい身のこなしだと俺は感心する。そのまま惚けたように突っ立っていると、
「ねぇ、俺の血吸いたいとか思わないの」
余りに突然の発言だった。
「え、...思わないよ」 「どうして?」
月明かりを背負って立つ彼の姿は、ごみごみした路上の風景が皮肉に映りあって、とてもうつくしかった。
彼も自分も、若さという名の栄華の盛りにあって、そのふんだんな瑞々しさが顕著に表れている。 違うのはただひとつ。なめらかに光る彼の頬が、過ぎ去る日の中にその肌理を置いていくのかもしれないということ。
俺だけが、文字通り血生臭く、つややかな肌であり続けるのだ。
ーこの力をもつ限り。
「どうしてって言われてもね...そんなの考えたこともなかったし」
「俺には無いんですか、美味しそうな匂いとか」
悠太はその白い指で衿元を引き、自ら鎖骨を露わにしてみせた。そこでようやく俺はひとつの仮定に思い至る。
「悠太くん」 「何でしょう」 「からかってるでしょ、俺のこと」 「ちょっぴり」
吐いた息は形にならない。俺は白く濁ったコンクリートに足裏をざりざりと擦りつけた。
「そんなこと言ってると噛むよ、本当に」
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