「ねえゆうた」
「…」
「無視するなんてヒドイ」
「…」


かれこれ1時間はこの有様だ。
と思ったら、悠太が部屋を出ていった。ドアが些か大きな音で閉まるのに、はあーと溜め息が漏れる。思いがけず緊張していたらしい。



謝ることには慣れている。
物心ついた頃から、俺は悠太をなんやかやと困らせてきたからだ。
悠太の分のおやつまで自分の胃袋に収めたり、学校に悠太の靴下を履いていって、泥んこにして帰ってきたり。
そんな愛すべき悪事を次々と行った。けれど
「ゆーたごめん、ごめんってば」
知らんぷりんな背中にぴったりはりついて何度も何度も謝る。そうしていると、初め腕を払おうとしていた悠太も、やがて音もしなくなって、俄然居座りよくなってくるのだ。
「…しらない」
弱々しく呟けばそれは仲直りの合図だった。


たが今は、そんなに簡単に済む戯れの謝罪では役不足らしい。

捕まえようとしたらするりと逃げられた。去年より更に腰が細くなった気がする。なんてしみじみ実感しているうちに姿は消えていた。

何故だろう。どうしてこんなに怒っているのだろう。

ただ、ちょっぴり、見つめる時間が長くなってしまっただけ。導かれるままに近づいただけ。薄いように見えて、本当はふわふわのその唇が、舐めたら甘そう、なんて―――


本能の赴くままにぺろ、と舐めあげたら、悠太は見事に硬直してしまったのだった。


別に減るもんじゃないし。ほら、俺には何の非もないじゃないですか。


なんて言ったら機嫌を損ねるどころでは済まないだろう。いやむしろ、呆れ返るかもしれない。
自己中心的な思想が往々にして頭をもたげてくることは、自他共に認める自分の習性であり、悠太はそれを1番よくわかっているのだから。


「そこにいるんでしょ、悠太」

ドアの向こうからは沈黙が返ってくる。
気にせず続けた。

「順番が逆だったよね、ごめん」

「俺、好きとか…ごめん、そういうのよくわかんないんだけど」

「悠太のことは、好きだとおもう」

「どんな風に、って言われたらそれもわかんないんだけど…」

「不快にさせたなら、あやまるよ」


ごめんね、ゆーた。



「…足りないよ」

くぐもった声がした。


「そんなんじゃ、全然足りない。もっと、そう100回くらいごめんって言ってくれなきゃ、


…そうでもしなきゃ、俺ひとり馬鹿みたいでしょ」



ドアノブを強引にまわした。背もたれを無くしてバランスを崩した悠太の背中をとさりと抱きとめる。


「ゆーたは甘いね」

俺は僅かに眉尻を下げた。見られていなくてよかったと思う。きっと世に言う締まりのない、にやけ顔だ。

「…しらない」

耳と首筋が紅いのを見て、俺は腕に力を込める。
そしてこれからも紡ぎ続けるであろう、呪詛のような愛情を囁いた。



「ごめん」



ごめんなさいと
100回言う




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