*大学生パロ
*要悠





オリンピックもやってることだしさ、ロンドンに行こうよ。

部屋に俺を通して開口一番、悠太は笑顔でそんなことを言った。クーラーが良く効いている狭いリビングで、俺は立ち尽くす。
口元のなめらかなカーブにしばし見惚れてから、
俺は呆れて息を吐き出した。

「観戦しようにも、今からチケット取ろうなんて無茶だぞ」
「観るんじゃないよ。ただ、そこにいるだけ」

決まりね、と悠太は歌うように囁いて、キッチンに消えた。続いて冷蔵庫のゴムが擦れて開く音。

「アイスコーヒーな」
その音に向かって半ば投げやりに注文をつける。いかにも一人暮らしらしい小さなソファーにどかっと座ると、「はいはい」
悠太の苦笑が鼓膜をくすぐった。




大学生の夏休みは暇だ。分厚い推理小説を読破してしまえば、後はもう何もすることが無く、時間と金を持て余してしまう。

「それは要がボンボンだからですー。普通の大学生はこの期間にばりばり稼ぐの」
「とか言いながらお前は何してんだ」
「家で床に寝ころがってみかん食べてる」
「ぐっだぐだじゃねえか。つぅか、みかんって冬だろ?」
「ハウス栽培。食べる?」
温室育ちだからあまいの。

悠太の腕がにゅっと伸びて、小分けにした一房を差し出してきた。
゛あ げ る ″
床に寝転び無表情なまま、目でそう訴える。何気ないふりをして、その実随分と挑発的な態度だ。
俺はつとめて平然としながら、ソファーの肘かけに重心を置き、前のめりになった。悠太の指に挟まれたそれを柔くくわえて、直接口に含む。
冷たい果肉は殆どジュースに近かった。

「…あまい」
「でしょ」

悠太は満足げに一呼吸分頷くと、自分の口にも一房、みかんをぽぅんと放り込んだ。
まずまずといったところ、か。今更緊張していたことに気づいて、俺はふぅっと軽く息を吐き、肩の力を抜く。悠太はきっとそんな状態もお見通しなんだろう。そう考えたら負けん気がむくむくと頭をもたげてきた。ついでに一度腰を浮かせてしまえば沈めるのが億劫になったので、ソファーの脚と悠太との間に体を無理矢理押し込み、何とか隣で寝ようと試みる。
さすがにこんなスペースに二人は窮屈だったらしく、悠太はみかんを頬張りつつも少しだけ身をよじった。僅かにつま先が触れ、しかし何事も無かったかのように離れていく。
「要、あつくるしい」
腕で顔を隠してはいるが、押し殺したようなその声は笑っている。
「うるせぇよ」
俺は照れ隠しのつもりで頬っぺたをつねってやろうとして、やめた。
寝ながらものを食べるなんて、昔の悠太が聞いたら行儀が悪いと一喝しそうだ。
最近になってそういうところは、随分とほぐれてきたように思う。


俺と悠太は同じ大学の二年生だ。部屋番号は違えど、同じアパートに住み、大半の食事は二人で箸をとっている。元々幼なじみなのでどうってことはない。
俺達は共に、頭では理解していながら明言を避ける節がある。だからこの自堕落な関係はつづいているのだろう。


「要って案外ニートになりそう」
「はぁ?」

聞き捨てならない。
さっと眉間に深いしわが寄ったことが自分でもわかる。こいつと、双子の弟の思考回路は急に飛ぶから、たまについていけない。

「お前…俺の栄光の人生設計にいきなりニートとか組み込むなよ」
「俺は悪いことじゃないと思うけど?
要のお父さ…特にお母さんなら平然と養いそう。
現に今もお小遣い送ってくれてるみたいだし。
あ、でももし俺が彼女だったらそんなの、嫌だなぁ」

のーんびりと悠太は寝返りをうって、みかんの皮をごみ箱に捨てる。放射線状の綺麗な剥き方だった。

「ふーん…まぁエリートの俺には無縁だけどな」
「それ自分で言っちゃうの」

こんな何でもない会話の中で、駆け引きをして愉しんでいるのは。
お互い様だ。


「…いい」
「え」

「ロンドン、別に行ってやってもいい。お前となら」


唇を不敵に歪ませて、大きく見開かれた悠太の目を眼鏡越しに覗いてやる。
ちなみに今の俺にできるのは、これで精一杯だ。



このままが永遠に続くとすればなんて残酷な世界でしょう




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