ゆーきと叔父さん悠太のはなし




夕食の席。突然、母さんが「報告があります」と言って居住まいを正した。針の先でも見るような真剣な顔をしていたので、それで俺も父さんも、ちょっと固くなって身構えた。

「明日から一週間、私は家に帰りません。なので、掃除洗濯炊事、その他諸々の家事は、自分達でやるように」

ええ!?そんな!素っ頓狂な声があがり、父さんは母さんにすがって慈悲を顧う。一方の母さんは用は済んだとばかり、すました様子で箸を取った。俺は聞いてみた。

「どうして?」

「そっか、祐希くんは知らないわよね。私には、歳の離れた弟、つまり祐希くんからしたら叔父さんね。がいるんだけど、ここ最近体調が優れないみたいで、布団から出られないの。
元々病弱だから、珍しいことじゃ無いんだけど。
おまけに医師嫌いの独り者だから、私しか面倒見てあげられるひとがいないのよ。
お父さんと二人、大変だとは思うけど、協力して頑張ってくれる?」

「やだ」


反射的に、そう答えていた。

味噌汁からのぼる湯気のせいで一瞬、母さんの顔がぐにゃり歪んで見えた。

「こら祐希、母さんにこれ以上迷惑かけるんじゃないよ。ただでさえお前は学校ズル休みしてるってのに…。そんな駄々こねる歳でも、ガラでも無いだろう。
それとも、俺と二人で暮らすのがそんなにいやか?」

いつの間に落ち着いたのか父さんが、やれやれと首を振って聞いてきた。
自分の小さなプライドにかまけて反論すべき気がするが、ここは耐える。

「ちがう」
「じゃあなんで、」
「俺がいく」



「何言ってるの、祐希くんには無理よ。第一、会ったこともないじゃない。」
間髪入れず、母さんがやや上擦った声でいさめてきた。既にヒステリーがかっている。一方の俺は自分が何を言ったのかわからず、数秒停止。
そして確信した。俺は、そのひとのところに、きっと、どうしても行かなければならない。


父さんが茶碗から顔をあげ、じっと俺を見据える。同じように見返した。

「本気なのか、祐希」

父さんのあごひげについてる米粒を笑えないくらいには、と答えた。






雲が霞がかった空はほんのりと青白い。
その天下、住宅街の中に少し肩身を狭くして、俺の「叔父さん」の家があった。俺の持ち物はリュックひとつきり。これが母さんだったらやれ服だ何だと手荷物じゃ収まらない。

俺はそっとインターホンを鳴らした。すぐに、「どうぞ。扉あけてるから」と応答があった。落ち着いた柔らかい声だった。無用心だな、と思ったが、それだけ来訪者がないということなのだろう。

「お邪魔します」

カラカラと笑う引き戸を開ける。家の中はひっそりとして、ほんのり明かりに満ちていた。靴箱の上にカスミソウが一束、白い水玉を溢れさせて小さなコップに生けてある。吸い寄せられるように、手が伸びた。


「きれいでしょう。それ」


ばっと振り向くと、上がり口に、まだ青年と呼べそうな男の人が立っている。

俺は飛びあがって驚き、さっと手をひっこめた。

「ふふ…別に、触っても怒ったりしないよ」

余程俺のうろたえる様がお気に召したのか、そのひとはいつまでも笑っている。

「…寝たきりだって、聞いたんですけど」

「え?…姉さんは大袈裟だからなあ…
ちょっと熱が出て動き回れそうにないから、食事作るとか、新聞取りこむとかお願いしたいって、言っただけなのに」

せめてもの嫌味はあっさり流されてしまった。
それにしても、若い。俺の母さんは36歳だ。その弟、となれば―

「そういや、挨拶してなかったね。
はじめまして。浅羽悠太、24歳です。祐希くんは?」

「…12です」

当然と言えば当然だが、浅羽悠太はくるりと目を回し、「学校は?」

随分無遠慮に聞くなあと思った。でもこのひとになら、話してもいい。

「行ってません。別に、いじめられてるとかそういう訳じゃなくて。
ただ何となく、自分のペースが知りたいって感じ。まあ、勉強のことだったら心配ないです。俺、頭いいから」

さて、どうでるか。なんて可愛げのない小学生だと自分でも思う。果たしてこのひとは、数多の大人と同じなのか、それとも。
浅羽悠太は、閉じて聴き入っていた目を、ゆっくり開けた。


「ふーん」


あまりにも呆気ない返事だった。例えるなら自転車に跨がり地面を蹴った瞬間。なに、それだけ?俺の期待がぷしゅうとしぼみかけた、その時。

「いいじゃん祐希くん。俺、そーゆーの嫌いじゃないよ」

実に楽しそうな顔で、そう言われた。こうなることをわかっていたからこそ、母さんはあんなに頑なに俺を止めたのだろう。でも俺は何の因果か、ここに来てしまった。


「…どうも。
あと、くん付けで呼ぶのやめて下さい。
俺も悠太って呼ぶんで」


促されて靴を脱ぎながら提案する。悠太が、可笑しそうに後ろ髪の寝癖を揺らした。


いいよ。で、祐希は今日、何作ってくれるの?

「カレーうどん」
「いきなりスタミナ料理ですか」


俺と悠太、奇妙な同居生活の始まり。



このままふたりでしあわせになろうか


祐希がお母さん呼びだったとは...可愛いなぁ
パラレルということでこのままにしておきます。笑




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