2.
定立アイデンティティ




高校生活三年目にして脳に染みきった通学路をぽつりぽつりと歩いていく。
ふと見上げた電線には2羽のすずめが並んでとまっていた。ピチピチと何かを囁きあっている。代わり映えのないいつもの風景。



思えば、揃って家を出なくなったのは桜が散って仕舞った頃。


ただの揚々とした若葉を、俺はひとり息をするのも忘れて見つめ続けていた。そして、また桜に戻るのはいつなの、と木にむかって理不尽な問い掛けを繰り返していた。いつまで見ていても、青い葉っぱは薄桃色にはならなかった。変わりに太陽光の波に合わせて面白そうに枝を揺らしてみせた。


祐希が関係ないと言ったあの日を皮切りに、俺達は定説どおりの双子ではなくなった。お互いにどこかよそよそしい。第一、祐希自身がくっついてこない。

それでも俺はお兄ちゃんだから、祐希の面倒をみることと、責任をとることはきっちりしなくちゃいけないと心に決めた。
いつまでも意地を張りつづけるなんて不可能だと経験から知っている。それでもちょっと寂しいなと思うことはあった。
祐希はうちのクラスに辞書を借りにくるとき、要と向かい合っている俺と目が合うと、いつも何かをぐっと噛み締める。きっと、不快感のようなものなんだろうけど。
それからあからさまに顔を反らして要から辞書を借りる。オブラートなんてしらない、そんな祐希の子供みたいな率直さは嫌いじゃない。
けれどこんな露骨さには俺もポーカーフェイスの下でちょっと悲しくなった。


何、最近お前ら喧嘩してんの?

…わかんない、しらない

知らないって…自分たちのことだろ、

…もうお兄ちゃんには関係ないんだって



お前って意外と素直じゃないよな、と要にデコピンされた。

痛いよ、恰好の抗議をしてひたいをおさえる。なんかデコピンしたくなんだよなー、なんて表情を崩して要が笑う。絶対に言ってあげないけど、救われたような気がした。




「…はよ、悠太」

回想に集中しすぎていたらしい。ドンッ、と何かに正面衝突してしまった。柔らかいのに硬い衝撃に顔を上げると、要が呆れたようにそこに立っていた。

「…何してんの」

「それはこっちの台詞だ。お前もう少しで電柱にヒットするとこだったぞ」

「要でよかったね」
「語尾おかしくね?」

慣れきった眼鏡に、ここが通学路の途中であったことを思い出した。少しずつ体に血が巡りはじめる。


「…祐希はまだ寝てるよ、起こしたけど知らんぷりされた」

聞かれる前に自分から告げる。俺と祐希の距離は気まずくても、五人でいるときは関係なく今まで通りのゆるい生活を送っていられた。いつも通りなあまりお兄ちゃんとしての発言がつい口から飛び出してしまうほど。その都度祐希ははいはい、だとか何とか言って流してその場を取り繕う。家じゃ返事もしない癖にね、なんて。


「なあ、悠太」

「何?」

「……何でもねぇ」

「…変なの」


白い校舎が近づいてきて、俺はほっと息をつく。あの中に、あの教室の中に入ってしまえば、とりあえず俺は護られる。自己正当化の檻のなかにいられる。



右隣を歩く要の左手が、開いたり閉じたりしているのがやけに可笑しくて笑ってしまった。



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