1.
反立ソラニン




自分はじゃがいもの芽を噛みしめながら生きている。と思う。致死量には到底満たないけれど。それでも確実に毒はからだの中に蓄積されているのだ。


屋上で弁当を広げていた。
4月も半ば、いかにもといった快晴。時折突き抜けていく飛行機が空にくっきり浮かび上がる。床のコンクリートはてらてらと光って、座り込んでいる五人の肌を白くぬらしていた。


「ゆっきーのそれなに?おいしそう」
「んー…ハッシュドポテト?あげないよ、千鶴には」
「冷たっ!4分の1くらいならいーじゃんっ」
「やだ」


千鶴がむくれて、要は完全無視を決め込んでいるし、春はおろおろしだす。断ったのには格別意味がある訳でもなかった。ただの気まぐれ、なのに。

「こら祐希、意地悪しないの。千鶴いる?」
「わーいさすがゆうたん!いっただっきまーす」
「一口で食うなよお前…」
「ふん、ほひふひ」
「もー千鶴くん…何しゃべってるかわかりませんよ」

ああ。

苛々する、悠太に。


俺に指図しないでほしい。そんな大したことじゃないのに、まるで小さな子供を叱るような口調。全くもって不快。
それも、ここ最近ずっとそう。

やたら自分のことをお兄ちゃん呼ばわりしてくる。俺はお兄ちゃんだから、お兄ちゃんの言うこと聞きなさい、おにぃ…って本当、勘弁してください。耳が痛いです。


俺よりほんのちょっと酸素を吸うのが早かったからって、偉いとは限らないでしょう。


「―あれ、ゆっきーどうしたの」
「教室帰る」
「お前弁当残ってんぞ」
「どうかしたんですか?」
「ゆ、―」
「それじゃ」


悠太の小言がとんでくる前に弁当を包んで立ち上がる。バンッ、空気を震動させて扉を閉めた。ちょっと感じ悪かったかな。でも仕方ない。もうオトウトも我慢の限界なんだから。
乱暴に階段を駆け降りたら、教室という教室から廊下にもれた喧騒がどっと押し寄せてきた。一瞬目眩がする。鼓膜の震動が直接伝わって、水晶体の厚さがゆらゆら揺らぐ。くだらない話やからっぽの笑い声、そんなものにすら嫌悪を感じて、俺は一番下の段にしゃがみ込んだ。ノイジーノイジー、静かにしてほしい。耳にきつく蓋をして、脳裏を霞めたひとのことなんて知らないよと息巻いてみる。




本屋に寄り道をして街灯を見ながら帰った。
それでもきっちり食卓には用意がなされていて、もうしわけないなとか律義なことを思う。ほうれん草のおひたしも肉じゃがも、表面が乾いてしまっていたけれど味は美味しかった。


綺麗に食べ終えて部屋に入ろうとドアノブに手をかけた。かけたところで固まってしまった。

「遅かったね、祐希。どっかいってたの」


悠太の声。
俺と同じテノール寄りだけどとてもクリアに聞こえる。

今はそんなことさえも火に油を注いだ。


「悠太には関係ないよ」


本当はアニメージャの新刊を読んでただけです、なんて言えるはずもなく。俺も反抗期なのかなと変に冷静な自分がいた。


ここで悠太がごめん、などとしおらしく振る舞おうものなら俺も少しは機嫌を直して部屋に入っていっただろう。

悲しいかな、俺達はやっぱり双子だった。


「…あっそ」


小さなそれは負け惜しみみたいに聞こえた。
俺は口端が緩く持ち上がっていくのを抑えることができなかった。勝った、と思った。



じゃがいもの花は白いっていうけど、俺の腹のなかは真っ黒だね。




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