雑踏



確かにあいつだと思った。幾つもの声が生まれ掻き消されていく人混みのなか、すれ違った色の抜けた髪。時間が止まって振り返る。小学生の頃、染めてんのかと冗談で聞いたらプールの入りすぎですと答えがかえってきた。なんでもう15年も昔のことを覚えてるんだ俺は。とにかく見間違えるはずはない。一瞬弟かとも思ったがいま自分がいるのは出張先だ。弟は慣れ親しんだ土地に根を張りまくっているから違う。

「  、  !」

自分の声を聞いて我に帰った。周囲の人間がこちらに不審の目を向ける。状況を考えるより先に言葉が出るなんて学生以来か。目立つ後ろ姿がゆっくり体をひねった。そして目を見開く。

「… 、 ?」


駆け寄ってすぐさま抱きしめた。俺の腕の中で悠太はかなめ、かなめと確認するように何度も繰り返して泣きじゃくる。こいつはこんなに脆かっただろうか。いや荒波がよってたかってこいつを壊したのだ。
変わらない色の薄い髪は飴細工のように繊細だった。



(2012/04/13)
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