◆◆◆

「ムースさん、こっちです!」

公園の噴水付近で、玲子が大きく手を振っているのが見えた。

「来て下さったんですね。嬉しいです。」

「お前が無理やり取り付けたんじゃろう。」

「確かに無理やりでした。それでも来て下さったことが嬉しいんです。すっぽかされても仕方ないって思ってましたから。」

ムースは意外な玲子のしおらしさに、たじたじになる。

そんな二人を草影に隠れて見ているのは、乱馬とあかねだった。

「おいおい大丈夫かよこれ。ムースマジであの子に惚れてるんじゃねえのか。」

「き、きっと大丈夫よ。ムースは今までずっとシャンプー一筋だったんでしょ。ムースは一途なところだけが唯一の取り柄なんだから。」

「お前時々さらっと酷いこと言うよな…」

「なんのこと?」

どうやらあかねは本当に分かっていないらしい。
分からない方が幸せなこともあるだろう、と乱馬は苦々しく笑った。

そんな会話が草影で繰り広げられていることなど露知らず、ムース達はどこかへ行こうとしていた。

「見失わないように後をつけるわよ。」

「ああ。」

二人の行動に伴い、乱馬とあかねも公園を後にした。
シャンプー、早く素直になって。と、あかねは思う。
ムースはシャンプー一筋だと信じているが、手遅れになる可能性だってあるのだ。

なんせ、人の気持ちが必ずしも変わらないとは断言出来ない。

あかねだってそうだった。

あかねはずっとずっと骨接ぎ屋の医者の事が好きで、その気持ちはもう揺らぐことはないと、一生この苦しい気持ちを抱えていくしかないと思っていた。

しかし、事態は一変した。

たった一つの出来事によって彼女は医者のことを諦めたばかりか、全くもって好みのタイプでは無いはずだった男を愛してしまったのだから。

ずっと医者のことが好きだったが、あかねは彼を運命の人とは感じたことが無かった。
それは医者が自分の姉に対して露骨に愛情を表していたからかもしれないし、そこはよく分からない。

しかし、あかねは確かに乱馬に対して運命を感じていた。二人が出会って間もない頃から不本意にも確かに運命を感じていたのだ。

ムースにとってもそうかもしれない。

シャンプーの事がずっと好きだったにしても、もしかすると今玲子に運命を感じているかもしれない。


転機が訪れるまでは苦しい日々だったが、自分はその結果いい方向に転がったと思う。

しかし、ムースにとっての転機が訪れては意味がない。
転機が訪れるべきなのはシャンプーなのだから。

なんせ、当人二人は気づいていないかもしれないが――

「…両思いなのに気付かないまま終わるなんてこと、絶対駄目だよ…」

そんなのって悲しいよ、とあかねはこぼす。
乱馬はそんな悲しげな表情のあかねの頭を、優しくポンと叩いた。


だからシャンプーは早く気付かなければならない。

なぜなら覆水盆に帰らず、こぼれたミルクは…だ。

――大切なものに、失って初めて気付いても遅いのだから。




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