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◆◆◆
「お前はすごいな。」
ムースは正面に座りパフェを口に運ぶ女に対し、素直にそう思った。
玲子の様な性格の持ち主はムースの周りにはいなかったからだ。
ムースの周辺で誰かに想いを寄せる者たちは皆嫉妬深く、相手を思いやる気持ちよりも自分の気持ちを優先している様に思える。
「すごくなんかないですよ。」
玲子は照れた様に笑った。
そして彼女は言う。私はムースさんによく思われたいだけの図々しい女なんです、と。
はっきりと自分の気持ちを伝える玲子の発言は返って裏表が無く、気持ちが良かった。
「そろそろお開きにしましょうか。」
突然別れを切り出した彼女に、ムースはキョトンとした。
なぜなら彼らはまだ、この喫茶店に訪れてほんの数十分しか経っていない。デートと呼ぶにはあまりに淡白過ぎであるからだ。
「ごめんなさい、シャンプーさん。ムースさんを少しお借りしちゃいました。」
そう言って玲子が見つめるのは、ムースの背後。
ムースが振り向くと、そこには彼の愛しの彼女、シャンプーが佇んでいた。
「シャンプー、なんで…」
「私が来てはいけなかったのか?」
シャンプーは少し不機嫌に答える。
「いや、そんなことは無い!シャンプー会いたかったぞ!」
ムースは勢いよくシャンプーに飛びつく。しかしもちろん、叩かれるか殴られるかけられるか、何らかの彼女からの暴力を予想していたために受け身は取れる体制だ。
が、しかしだ。
「…?」
予想していた痛みが一向に彼には訪れない。それどころか、彼は柔らかな温かさを腕の中に感じていた。
恐る恐る腕の中を見ると、彼のそこには抵抗を見せないシャンプーがいた。
下を向いているために、彼女の表情は読み取れない。
しかし、これは由々しき事態だとムースは感じた。
なんせ彼女は生まれてこのかた、自分の胸に身を寄せてくれたことなど無かったからである。
だがそんな疑問よりも、彼女をこの胸に抱いているという感動のほうがムースの頭の中を占めていた。
「…か」
「ん?なんじゃシャン…」
バキッ
完全に舞い上がっているムースのみぞおちに、彼女の強力な拳が入る。
「…いつまで抱いてるかー!!」
ムースはその場で卒倒した。
シャンプーはやはりシャンプーだった。
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