闇小説 | ナノ


「あかね、乱馬くん。すまないが別れてはくれないだろうか。」

早雲と玄馬が二人にそう告げたのは、二人が結婚してから八年ほど経った日のことであった。

なぜ早雲がそのような事を乱馬とあかねに告げたのか。その理由は当事者の二人が一番よく分かっていた。


彼らの間には待てど暮らせど、子供ができなかったからだ。


元々玄馬と早雲は無差別格闘を次世代へとつなぐため、乱馬とあかねを結びつけた。

しかし、肝心の子供は生まれて来ない。

二人がセックスレスではないことは確実だったし、別に避妊をしているわけでも無かった。


「俺は納得出来ない。」

「私だってそうよ乱馬。子供が出来ないことは辛いけど、私あなたと離れたくないわ。」


いくら子宝に恵まれなかったとしても、彼らの間には愛があった。彼らが伴侶として寄り添う理由はそれだけで良かった。

それなのに。


彼らは、半ば無理矢理引き離されてしまう事になった。

それを認めてしまったのは、彼らは親のことを憎みはしたものの、言い分もわからないでは無かったからだ。

腐っても親子だ。頑固で信念を曲げることの無い乱馬も、老いてゆく玄馬を安心させてやりたかったのかもしれない。

だから、彼らは自分たちの境遇を呪うことしか出来なかった。

そして離別が決まり、彼らにとって最後の夜の事だ。

「おまえだけだ。生涯俺はお前だけしか愛せない。」

普段は甘い言葉の一つも吐かない乱馬が放つその言葉に、あかねは余計に切なくなる。

あかねは彼のその言葉に、声も立てず涙を流した。

乱馬は分かっていた。

あかねの涙には素直じゃない彼女の、「私もよ」という言葉が込められているのだと。

今まで行ったどの行為より、その夜の行為は悲しくて綺麗だった。

◆◆◆


二人が離別して間も無く、玄馬は乱馬に新たな縁談を持ってきた。

乱馬は最初あかね以外愛することは出来ないと拒んだ。しかし寂しさを紛らわせたかったのも事実で…彼はたった一度、過ちを犯してしまった。

他の女を抱いてしまったのだ。

しかしそうすることで乱馬の心が満たされることは無かったし、逆に虚しくなるだけであって、乱馬はその女にあかねに注いだ愛のひとかけらも注ごうとは思わなかった。

乱馬はそれを正直に女に告げた。

しかし勿論女がそれを面白く思いはずもない。

女は乱馬に愛されようと必死に乱馬を誘惑するも、乱馬が女を抱いたのはそのたった一度の事。それどころかそれ以降、乱馬はその女に会おうともしなかった。


◆◆◆


ある日の昼下がり、乱馬の元に一本の電話がかかって来た。

無機質な受話器が伝えたのは


あかねの死だった。


死因は一酸化炭素中毒。その死因が何を意味するのかは、疎い乱馬にも理解できる。


あかねは自ら命を絶ってしまったのだ。

乱馬は嘆いた。もう、自分が生きる意味など無いと。彼女なしでは何も出来ないと。

彼女は何故自ら命を断たなければならなかったのか、考える余裕も無いほどに。

傷心で気力を失った乱馬に、皆かけてやる言葉も無かった。

そんな中、あの女がやって来た。

「何の用だ。」

乱馬は冷たく言い放つ。

「何の用だ、なんてひどいじゃない。将来の妻なのよ。」

女は気持ち悪くニヤニヤと笑った。

「お前を妻にするつもりなんて毛頭無い。前から言ってるだろ。」

あかねを失い、あかねへの愛が簡単に他へと動き出すはずも無い。


「貴方は私と結婚するのよ。そうしなきゃいけない理由だってある。」


女の横暴な態度に、乱馬は舌打ちをする。


「うっせぇな、とっとと出て…」


「子供ができたの。」



乱馬は目を見開き、女を凝視した。


「…なんてね。ふふっ、その顔傑作だわ。散々私をコケにした報復よ。そもそももう、あんたに愛なんてないし。」


くつくつと笑ながら、女は髪をかき上げる。



「…お前、もしかしてその冗談、あかねにも言ったのか?」


嫌な予感が乱馬の頭をよぎり、恐る恐る女に聞いた。


「ええ。ただ、冗談よって言う前に、あの女が電話切っちゃったから、今頃誤解してるんじゃないかしら。」


女は悪びれる様子も見せず、淡々と言い放った。


ふと浮かんだあかねが死んだ原因。

乱馬は気づいてしまった。

それは、この女のたかが嫌がらせの『冗談』だったということに。


乱馬は殺気を堪えきれず、拳を思い切り女に振りかざす。


しかし、女も無差別格闘を極めた武闘家だ。

その拳をひらりとかわし、乱馬のバックに立つ。

「…なんで私を責めるのよ。私のはじめてを愛も無いのに無理矢理奪ったのは貴方の方じゃない。あの行為で子供が出来た可能性だってあった。きっかけを作ったのはあんたのほうなんだから!」

その言葉に、乱馬は拳を止めた。


女に返す言葉すら見つけることも出来ず、彼はふらふらと立ち上がると、あかねの写真を手に取る。


そうだった。俺が寂しさに負けたのがいけなかった。この女は何も悪く無いのだ。と、乱馬は思った。

先程の話ぶりからして、女はあかねが死んだことなど知らないのだろう。
そして、彼らがどう言った経緯で離婚したのかも。



男と女の間には子供が出来なかった。

それ故に二人は愛し合っていたが離別した。

男は女を失った寂しさに耐えきれず、愛の無い行為を他の女に強要した。

強要された女は報復を試み、男との間に子供が出来たと、女に嘘をついた。

…女は、子供が出来なかったのは自分に欠陥があったからだと思い込み、その上男に裏切られた事を知り嘆いた。



その結果、女は自ら命を断ってしまった。




◆◆◆


後に、乱馬は知ることになる。


死んだあかねの子宮には、小さい赤子がいたという。


それは間違いなく乱馬との間に出来た子供だった。



しかし、あかねは妊娠している事実に気付いていなかった。


その赤子の大きさからして、あかねが妊娠したのは



あの、最後の夜だった。



end



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