「あ。」
庭に溜まった落ち葉を掃いている際に見つけたのは、一匹の蜻蛉(かげろう)の死骸。
その哀れな姿を見て思わず私は笑った。
「…孵化したところですぐに死んじゃうのに、あなた達は何のために生まれて来るんだろうね。」
我ながら余りにも馬鹿馬鹿しい問いだ、愚問だと思った。
このような問いを投げ掛けられたところで答えは誰にも、蜻蛉本人にでさえも分からないだろう。
数ヶ月前に乱馬は変態体質を治す為中国へ渡った。しかし今はこの世には居ない。彼は中国であっさりと死んでしまった。
信じられ無かった。今までどんな死闘も潜り抜けてきた、あの乱馬が死んでしまっただなんて。
「あは…ははは…」
箒を握りしめ嘲笑するも、私の頬を熱いものが滑り落ちる。
乱馬の死を信じたくなかった私は、自分の中に今確かに存在する事悲しみの感情を、涙が頬を伝う事実を認めたく無かったのだ。
それを認めてしまえば、彼が死んだ事自体までも認めてしまうようで。
ガイドさん曰く乱馬は変態体質を治し、呪泉郷を去ったそうだ。つまり彼が死んだのはその数日後。
私は蜻蛉の死骸に語りかける。
「…成虫になってもすぐに死んじゃう位なら、孵化しない方がいいわよね。」
蜻蛉は私の呼び掛けにピクリとも反応しない。
「…わたしは。」
しゃがみこんで、顔を両手で覆う。
「私は…半分女の子のままでもいいから、乱馬に生きてて欲しかったよ…!」
しかしながら私がそれをどんなに願ったところで、彼が戻ることない。
どうしようもないのだ。それが、生と死というものだから。
彼はもう生き返る事はない。
誇らしげに成虫になって死んだ、この蜻蛉のように。
end