「君、かわいいね。」
何十年私はその台詞を聞いてきたんだろう。
「ありがとう。」
聞きなれた台詞、私はその度に愛想笑いを作り続ける。
私の時は、きっと17歳で止まっている。
乱馬と心中をしたはずだった。
同じ毒を口に含んだはずだった。
なのに、私は生きていた。
目が覚めたとき、傍らにあったのは愛しい人の冷たい亡骸。
私は何度も後を追って死のうと試みたわ。でも、駄目だった。
その後私は皆に迷惑をかけたくなくて、天道道場を離れた。
それ以来家族とも会っていないし、連絡すらとっていない。
そして乱馬の亡骸が何処に納められているのかも分からない。
今の私はアルバイトなどをしながら、各地を転々として生活をしている。
長く留まる事は許されない。歳をとらないことが知られるといけないから。
だから、本当の友人なんてものは作らなかった。別れが悲しくなるから。
この生活を続けて得たものはただ一つで、独りの孤独感だけだった。
長く生きてきて知ったのは、私と乱馬が含んだ毒は、人魚の肉なのではないかという事だ。
とある農村で聞いた話なのだけど、人魚の肉というものは強力な毒なのだそうだが、希に約数百分の一程の人には不老不死の妙薬になるという。
それを聞き、私は確信したわ。
乱馬と私は人魚の肉を食べたのだと。
そして今日も、私は生きる意味を見出だせないままに、人混みの中を歩く。
私が本当に17歳だった頃に比べると、日本は本当に近代的になった。固定電話から携帯電話に、車はガソリンを不要とするものさえ開発された。
取り残されたのは、きっと私の心だけだ。
「…乱馬。」
会いたい。
こんなに思っていても届かないのは分かりきったこと。
とあるコンビニでアルバイトを始めた。
時給が高いので、私は夜の時間帯にレジ打ちをしている。
時間が時間だから、人気があまりないのをいいことに、ナンパをしてくる輩も多々いる。でも、これも慣れっこだ。何十年も味わってきたことだから。
「ああ、疲れた。」
夜の帰り道、私は缶コーヒーを片手に今の自宅へ向かう。
「星、綺麗。」
夜空を見上げ、私は無意識に呟いた。
その時だ。
ガバッ。
急に、何者かに背後から抱き締められた。
「きゃ…ん…っ!!」
痴漢かと思い、私はもがき抵抗しようとしたが、圧倒的な力で押さえ込まれ、口をも塞がれてしまった。
「あかね。」
え…。
聞き覚えのある声に、私は目を見開く。
「やっと見つけた。会いたかった…あかね…。」
「ら…んま…。」
そこにいたのは、何十年か前に死に別れたはずの乱馬だった。
「どうして…」
私の頬を滑るものを優しく拭いながら、彼は微笑んだ。
「俺も、お前と同じ。…不老不死だ。あの日、俺は気が付くと一人で倒れていた。毒を飲んだ筈なのに何で生きているのかわからなかったし、お前が居ない理由も分からなかった。俺は直ぐさまあかねを探しに行ったよ。それ以来道場にも戻ってねえ。そして、年月が経つにつれて自分の異変に気が付いたんだ。歳をとらないこと、怪我をしても直ぐに直ることにな。…そして、やっと見つけた。」
私の目からは、止めどなく涙が溢れる。
人魚の肉が不老不死の妙薬になる人間は、数百人に一人。
偶然なのか、はたまた必然なのかは分からない。
でも、愛し合う人同士がその中に選ばれた奇跡はもはやそういう次元ではなく、運命といっても過言ではないだろう。
私がこんなにも長い間生きてきた意味、やっとわかったわ。
それはきっと、乱馬と再び、巡り会う為。
そしてこれからは、貴方とずっと、生きていく為――。
「これからも、永遠に愛してる。」
end
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高橋先生の名作「人魚シリーズ」の設定を使っています。あの主人公カプも素敵です(*´∀`*)