――嗚呼、神様。
貴女はなんと非情なのでしょうか。
それとも、これは幸せを望み過ぎた私への罰だとでもいうのでしょうか。
私はただ、愛する人と生きていきたいだけなのに、それすら許されないのですか。
それでも…神様に抗ってでも、私は生きなきゃいけない。
――約束したから。
◆◆◆
「あかね。」
真っ白な天井、ツンとする消毒液の匂い。響くナースコール。
これが、今の私の世界の全てだ。
「あ、なびきお姉ちゃん。」
私は、病院のベッドの上にいた。
無菌室、というらしい。
なびきお姉ちゃんは無菌服を着てから、私の病室へと入ってきた。
「どう、調子は。」
「うん、まあ、いいとは言えないけどね。」
そんな私の台詞一つで、なびきお姉ちゃんには気付かれてしまう。
「…乱馬くんから、電話あったのね。」
そう。先ほど、乱馬から電話があったのだ。
今呪泉郷に着いたのだと、嬉しそうに話していた。
「でもあかね。本当に、乱馬くんに言わなくていいの…?」
――点滴が、一滴落ちた。
「うん。大丈夫。」
嘘だ。
本当は、逢いたい。
でも、私は乱馬に心配をかけたくないの。
それに…こんなにも醜くなってしまった私を、乱馬には見られたくない。
薬の副作用で、私の髪は抜け落ちてしまった。
なびきお姉ちゃんは、それ以上何も言わなかった。
…私が病気になってからというもの、なびきお姉ちゃんは私に優しくなった気がした。
でも、その優しさは残酷だ。
私の最期が近いという事を、思い知らされているような気がしてならなかった。
そして私は、色の無い世界に一人きり。
そんな私の世界に色を着けてくれるのは、乱馬の声だけだった。
乱馬の電話があった日には、私は少なからず体調が優れた。
それでも解る、自分の変化。
ご飯を食べたく無くなったから、管で栄養を取ることになった。
ベッドから、出たいと思わなくなった。
でも、何もかもが変わっていくなかで、一つだけ変わらないものがあった。
――乱馬に、逢いたいという気持ち。
約束した。
ずっとずっと、一緒にいると。
生きて、いたかった。
貴方を、もっと愛したかった。
でも、その気持ちと私の身体は裏腹で。
身体は、弱っていくばかりだ。
私はお姉ちゃんに頼んで、便箋と封筒を持ってきて貰った。
それが何を意味するのか、皆きっと分かっていた。
でも、皆何も言わなかった。
ただ、皆の目尻に涙が溜まっている事から、私は皆を悲しませてしまっていると分かっていた。
でも、これは私のけじめ。
私の最期は、私がケリをつけるの。
全てが終わった後、私はそれをなびきお姉ちゃんに託した。
面会時間が過ぎた為に、皆が病室から出ていく。
そんな時だ。
プルルル…プルルル…
静かな病室に響いた、着信音。
「もしもし…?」
『ああ、あかね。俺だよ。』
――乱馬だった。
『今さ、男溺泉清掃中らしくってよ。あと1ヶ月はかかるっぽいんだ。でもさ、俺、絶対男になって戻って来るから。』
…涙で、視界がぼやける。
「うん、絶対よ。男に戻って帰って来なかったら、許さないんだから。」
それを誤魔化すように、私は怒り口調になる。
『…あかね、泣いてるのか…?』
――ああ、本当にこの男は。
「…泣いてなんか無いわよ。ばかね。」
『そうか、なら良かった。』
私の言葉を鵜呑みにする素直な人。
やっぱり、好きだなぁ…。
「…待ってるわ。ずっと、ずっと。」
『…当たり前だ。…帰ったら直ぐに、式あげような。』
「うん。」
そして、私たちは電話を切った。
――全てが、終わる。
次の日だ。
忙しく聞こえる看護婦さんと、担当医の声。
お父さんやお姉ちゃん達の泣く声も聞こえた気がした。
でも、私はそれを確認するだけの気力さえ残っていなかった。
お父さん、かすみお姉ちゃん、なびきお姉ちゃん、おじさま、おばさま。
…乱馬。
ごめんなさい。
「愛してる。」
――それは、私が生きていた頃のお話。
◆◆◆
私は独り、待ち続けている。
どれ程の月日が経ったのか、私は知らない。
私はそれでも待ち続ける。
「あかね。」
愛しいその人の声が、聞こえるまで。
――やっと、逢えたね。
end