「□そして魔法にかけられた」
俺の苦手なものは、猫だ。
あの鳴き声といい、フォルムといい、その全てが俺の恐怖心を煽る。
でも、俺にはもっと苦手なものがあるんだ。
それは…。
◆◆◆
それは、ある日の事だった。
「もうっ、乱馬ったら!!好き嫌いはしちゃ駄目って何時も言ってるでしょ!」
目の前に立つあかねは、手を腰に当てて俺の皿を睨み付けていた。
俺の皿の中には、料理と呼べるかどうかもわからない、いや、もはや食べ物なのかと疑ってしまうほどの黒い物体がこんもりと盛られている。
その恐ろしい物体…奴は俺の許嫁、あかねの手によって生み出されたものだ。
元々は美味しい食材だったはずだ。
そんな食材達には御愁傷様としか言いようがないが、それ以前に自分の身を案じることのほうが先。
奴を食って無事に至った人間はいない。至上最強の相手。
その破壊力は、飛竜昇天破をも凌駕する。
「いや、なんか今日は食欲が…。」
ボソリとつぶやいた俺に、あかねの目が光る。
「馬鹿なこと言わないの。さっきまで居間でグーグーお腹鳴らしてたくせに。ほら、いいから早く食べなさいよ!洗い物できないでしょ。」
「んな事言ったってよ…。」
じっと奴を睨み付ける。並みの攻撃じゃあ絶対に勝算は無い。どうしたらいいのか。
そんな事を悶々と考えている俺に呆れを切らしたのか、あかねは俺の手からスプーンと皿を奪い取った。
カチャリ、カチャリ。
「しょうがないなあ、ほら、あーん。」
あかねは奴を救い上げ、俺の口の前に持ってくる。こうなったら仕方が無いので、俺は覚悟を決めて奴を口の中に放り込んだ。
…あれ?
何時も素晴らしい破壊力を持つ奴が何故か、普通に食える。むしろ美味しく感じた。
「ほら、美味しいでしょ?」
にこりとあかねは笑う。
どうやら、奴には並みの攻撃は効かなくとも、この手の魔法には弱いらしい。
そして、この魔法を使えるのは俺の許嫁、あかねだけのようだ。
もしかしたら俺が一番苦手なのは、猫や破滅的な料理じゃなくて。
…お前なのかもしれねえな。
end