「■君の傍」
絶対安心できる所っていうのは、誰にだってあると思う。
例えば、母親の腕の中とか、森林の中、生まれ育った故郷とか。
人それぞれ違うけど、俺の場合は――。
◆◆◆
「ただいま〜。」
俺は、くたくたになりつつ帰宅する。
「お帰り。優勝者さん」
そんな俺を迎えてくれたのは、愛しい妻のあかね。
あかねが言ったように、今日は格闘大会で優勝者として帰ってきた。
「ああ。今日は楽勝だったぜ。」
「そう、良かった。」
そういうと、細い腕で俺の大きな荷物を手に取った。
「疲れたでしょ。先、お風呂入る?」
「いや、飯から食う。」
「そう、じゃあ着替えてきて。温めとくから。」
あかねはそういうと、パタパタと足音を立てながらキッチンの方へと消えていった。
◆◆◆
「ん。なかなか上手くなったんじゃねえか?」
お世辞にも美味しいとは言えないが、明らかに成長したあかねの料理に舌鼓を打つ。
「へへ、良かった。」
嬉しそうな顔をしてはにかむあかね。
結婚後だってのに、相変わらずその表情にドキッとしてしまう。
しかも、無自覚なのが厄介な所。
他の奴が見て、惚れたらどうすんだよ。とか、いい加減に気付けよコノヤロー。とか思ったりするけど、やっぱり俺はその顔が大好きで、思わず俺まで笑っちまうんだよな。
「今日は、素手だけで闘ってたわよね。」
俺の食べる様子を見ながら語りかけるあかね。
「ん、ああ。今日は飛竜昇天破とか使わねーようにしようと思ってな。」
「やっぱり。」
そんな所まで見ててくれたのか?と、こっそり嬉しくなる俺。あかねを好きになる前の俺だと絶対こんな風には思わなかったよなと、昔の俺が苦笑いしてそうだ。
「でも、乱馬は格闘してるときが、一番イキイキしてるわよね。」
「…そうか?」
「そうよ。昔っからあんたはそう。昔はそんな空間にあこがれてたなあ。」
昔を思い出すようにあかねは言った。
「は?どういう意味だよ。」
「そのまんまよ。格闘してる時が一番あんたらしくて、楽しそうだったって事。つまり、そんな表情を作っているのは紛れも無く、おじさまやおばさまや良牙くん、私じゃなくて「格闘」なのかなあって。」
そんなあかねを見て、クスッと笑った。
「何、お前格闘にヤキモチ焼いてんの?」
「な゛っ…バカ!」
予想通りの反応を見て満足した俺は、食事を終えて立ち上がった。
「さて、ごちそうさん。んじゃ、風呂入るか。あかねちゃんも一緒に入るー?」
ニカッと笑って見せる俺。
そんな俺を見て、悔しそうな顔をするあかね。
「…今日だけだからね。」
相変わらず素直じゃないあかねを微笑ましく感じる俺。
そんなあかねの傍が、俺の一番安心できるとこ。
そんな俺たちを月が見守りながら。
夜は、更けていく――…。
end