「■ある朝のひととき」
「はい、コーヒー。」
「おう。」
コーヒーカップの皿の端には、角砂糖一カケとミルクが1つ。
言わなくても、あいつは俺の好みをもう既に分かってる。
そして俺も、あいつの皿の端に角砂糖二カケがあることを知っている。
夫婦になってから覚えた、あいつの習慣、癖、好み。
今日は、道場は休み、外は晴れ。
いつも修行とかでいないことも多々あるし、柄にもなく言ってみようか。
「どこかに遊びに行くか」って。
どんな顔をするんだろう。
俺は、あかねの笑顔が好きだ。
それは、あいつに恋愛感情を抱く前から感じでいたこと。
何回見ても、顔が綻ぶ。
夫婦になったら、お互いにお互いの存在がマンネリ化するってよく聞くけど、俺はそうならない自信があるな。
そんなことを思いつつ、先ほどの提案をしてみた。
しかし、返ってきた答えはNO。
何でだ?と聞き返すと、あかねは言った。
「たまには、のんびりした時間をすごすのもいいでしょ?」
まあ一理あるけど。
しかし俺の誘いを断られたようで、あまりいい気分にはならなかった。
そんな俺にもう一言。
「それに、乱馬といられれば場所なんてどこでもいいの。」
それプラス、笑顔のダブルパンチ。
そんな攻撃に、うろたえる俺。
赤面してるのをごまかすように、コーヒーをごくりと飲む。
「ぐっ…ゴホッ、ゲホッ…。」
だが、そのコーヒーは先ほど淹れたばかりで熱く、思わず咽返してしまった。
何してんだ俺…自分の行動に、本気であきれてしまう。
「もー…何やってんの。」
ティッシュで、俺の口周りを拭くあかね。
ほっそりとした指が、頬に触れる。少し冷たくて、火照った俺の顔には心地いい。
たとえるなら、一瞬の風のような心地よさ。
「もう少し、冷まして飲んだらどう?」
「おう。」
こんなにも落ち着いて、のんびりした会話が出来るなんて、高校の頃は思わなかったな。
喧嘩や口論ばかりしていた毎日。
それなりに楽しいものだったけど、今ではもう、見ることのない光景。
昔は意地っ張りだったあかねだけど、今はとても素直になって、俺も意地を張ることは無くなった。
あの頃はいい加減に素直になれよな、とか思ったりしたけど、今ではそんな意地っ張りなあかねさえ愛しく思える。
あかねにも、そう思って貰えてると最高に嬉しいな。
そんなことをぼんやりと考えながら、俺はそのひんやりとした細い指先に唇を落とした。
「俺も、あかねといるだけで幸せだ。」
end