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気が付くと、俺達は何もない靄がかかったような空間にたたずんでいた。
「ここが、あかねの心の中…。」
俺は無意識に呟いた。
「えへへっ。私、お母さん大好き!!」
聞き覚えのある…だけど、少し幼い声が聞こえたかと思うと、小さな女の子と女性が靄の中から現れた。
「あれは、小さな頃のあかねちゃんとあかねちゃんのお母さん…。」
東風先生が、小さく言った。
ああ、これはあかねの小さな頃の記憶。
母親が、亡くなる前の無邪気なあかね。
「お母さん…。」
おじさんと、いつもクールなはずのなびきは、懐かしさからか目尻に涙を浮かべていた。
だけど、事態は暗転。
幸せそうに笑う小さなあかねが走り出したその時、大きなクラクション音が鳴り響いた。
それと同時に傾くあかねの身体と女性の身体。
あかねの身体は押し出される形で前のめりに倒れた。
そして、なにかとぶつかりバウンドする女性の身体。
広がる赤。
赤。赤。赤――。
「お…母さん…?」
あかねは、見てしまった。
母親の、冷たくなる様を。
「母さん…」
おじさんとなびきは悲しげな表情を浮かべていた。
この二人にとっても、思い出したくない事だったに違いない――。
そしてまさか、こんなところで思い出すはめになるとは思いもしなかっただろう。
(私がお母さんを殺した…。)
直接あかねが喋った訳では無い。
だけど、こうして聞こえてくる声があった。
それがきっと、あかねの心の声―――。
そして場面は代わり、お葬式が写し出された。
聞こえてくるお経と、お葬式独特の立ち込める陰気な雰囲気。
幼いかすみさんやなびきが涙を流す中、あかねは、泣いていなかった。
ただ、真っ赤に目を腫らしているところを見ると、泣きすぎて涙が枯れてしまったかのように思えた。
(私がお母さんを殺したの。私が死ねば良かったのに…!)
あかねの心の声に、おじさんははっとしていた。
「あかねは、そんなことを…。」
小さな女の子が考えるには重たすぎる現実。
俺達は、そんなあかねを見守ることしか出来なかった。
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