あれから、十何年になるかもしれない。あのときのことを思うとおしいことをしたと思う。あんなアイドルみたいなイケメンと付き合えていただなんて、昔の私は頭がどうかしていたとしか思えない。雅治とその後、交流はない。ちなみに赤也ともない。あるとしたら権利を返しにいった時にあった柳と真田と幸村くんぐらい。大学生になった三人はとりあえずバイトなり家の手伝いをしたりなんたりで暇を潰しているらしい。ニートな私とは大違いだ。
とりあえず、プリンを横取りしにくるだけの柳は死んだほうがいいと思うけど。
幸村くんはバイトをしながら私と同居中。所謂、そういう関係ではなく、私が彼の穀潰しになる気まんまんで居座っているのだ。私は現在、受験も落ち、浪人中、幸村くん達と同じ大学に進むつもりだったのになあと遠い空を眺めている。来年こそは受かるつもりだ(ちなみに幸村くんは無償で家庭教師もなってくれている)。幸村くんどうやら教師になるらしい、しかも美術の。だから私みたいな人間に対して実験台みたいな感じて教えてるだけだからと本当に優しかった。あんな人間、彼氏に欲しいけど、今はそれどころではない。生きるのに必死だ。ただでさえ、バイトとか絶対に無理で駄目だったから、収入ないし。
幸村くんに頼りっぱなしで本当に面目次第もない限りである。
■■ ■
「あ、ねえ、着替えはちゃんとかごにいれてってば」
「あ、ごめん」
「あと、料理は頑張らなくていいから。俺が作るよ」
「うん。そうだね、私がやると台所半壊だから。とくに皿とか」
「それと、そうじも。ルンバがやってくれるから拭き掃除やらなくていいよ」
「なんか、学校時代を思い出すと雑巾掃除したくなって」
……あれ、なんか私って女の子じゃなくね?
というか幸村くん、かなり女の子じゃね?
というか私が駄目な人過ぎるのか!
ショック。
ショックだ。やばい、私、なんかやばい。恥じらいとかなくなってきている。幸村くんに着替えをちゃんとかごにいれてもらうところとか特に!
「俺さ、君に男に見られてないんじゃないかなって思うときがあるよ。恥じらいなくなってきてない? 最初から少ない感じはしてたけど」
幸村くんに二重の意味でノックアウトされた。ごめん、でも男の子に見えないのは幸村くんのその容姿も悪い。女の子だもん。私より美しい女の子だもん。
「君は俺がいないと駄目になってきてるよ。もうちょっとしゃきっとしてよ」
「えー」
「ほら、ポテトチップスを寝転びながら食べない。女の子がはしたないよ」
「ええー」
「えー、でもええーでもない。ほら」
ぱんぱんと叩かれてポテチともども酒が没収される。私の癒しが!
恨みつらみを込めた目で幸村くんを見つめてもウィンクしてかえされるだけ。
イケメンって特な生き物だわさ。私がやっても絶対にきしょいだけだもん。ウィンクとか。
「そういえばさ」
「うにぃ?」
「仁王に会っちゃった」
悪戯小僧のように舌を出す幸村くんにどうした可笑しいぞ、テンションがとか思いながらんあーと曖昧に相槌をつく。
「雅治に?」
十数年前であのイケメンさだった雅治がもっとイケメンになっている図が浮かび上がった。中学であの色花だったわけだし、今はどうなっていることやら。
うわっ、想像するとマジでイケメンだ。鎖骨とかバリバリ見せてそうだわ。
「ちゃんと仕事やってた?」
「心配するとこそこ?」
そりゃそうじゃん。雅治って仕事出来そうにない現代っ子だったし。
くすくすとお上品に笑う幸村くんをしり目に私は床をゴロゴロとのたうち回る。うちの(幸村くん家)のルンバ、通称三世(ルパンと似てるから、響きが)は優秀でチリ一つさえない。むしろ私がやった雑巾がけのほうが汚いぐらいだ。
「やってたよ、メイクアップの仕事だって。まだ見習いらしいけど」
「うわー、すげぇじゃん」
私とは大違いざますね。転がってこの大差に落ち込む。浪人ともう見習いとはいえ立派な社会人。運命の別れ道とかあったらやり直したいよ。ほんともう。
「あと、可愛い彼女さんがいた」
「………あっそ」
「残念だったね、超ラブラブだったよ」
「別に残念とかじゃないけど」
なんかムカつく。
これはあれですかね、なにもかも成功させた人へのひがみってやつ。
「ね、幸村くん。私さ付き合わない?」
「え、いいけど」
「ノリが軽くない?」
「ノリが軽いのはそっちだって同じだよ」
ガツリンと筋肉のついた足首に私の体が突っ込んだ。幸村くんの熱を帯びた瞳とかち合う。見下されている筈なのに下から見られているような奇妙な感覚がする。捨て犬に見られているようなそんな感じ。端正な顔立ちが私の首元に手を置いて幸村くんだけを見させるとその感覚は増幅した。
「言わないの?」
「言って欲しいの、幸村くん」
「別に。今なら聞かなかったことにしてあげるよ」
「……付き合って、幸村くん」
別に幸村くんに何があるわけじゃない。
ただ雅治が付き合っている人がいるんだったら全部がめんどくさくなっただけ。幸村くんだったら家事得意だし有能だし、将来安泰だわ。ってなだけで。別に断られてもいいかななんて思っていたりする。
でも幸村くんはそうじゃなかった。幸村くんの瞳がだんだん迫ってきて、唇に生暖かい他人の唇が当たった。
「もう聞かなかったことには出来ないよ」
「して欲しくないし」
「それでいいの?」
「幸村くんこそ」
私なんかで言いわけ?
そう言おうとした唇を幸村くんが塞ぐ。甘いフルーツの味が口に広がって、私の唇を蹂躙する。唾液が頬に流れ出てきた。
「俺は君がいい。好きだよ」
「っ!」
ペロリと頬についた唾液を舐められて顔が真っ赤になっていく。横見れば幸村くんの絵画になってもおかしくないような綺麗な顔が間近にある。意識せずにはいられない。顔が真っ赤になるのが分かる、茹で蛸状態。耳まで熱い
「君も俺のこと好き?」
にっこりと笑った幸村くんの顔しか見えない。こくりと頷いた。
愛とは無情なもの
(ま、仁王が彼女作ったとか嘘だけど)(大体さ、好きな女の子でもないかぎり同居しないでしょ)(馬鹿だなぁ)