過去編




泣いた目が赤くなって痛かったがちゃんと冷やして何語もなかったようにした。少し腫れた目は痛いがこれくらいならば夜更かしで通るだろう。

教室に行くと異様な雰囲気が漂っていた。
いつもならば数人話し掛けてきてくれるはずなのにそれがない。
そればかりか、みんな私をみて隣の人とヒソヒソと話し合うのだ。いったいなんなのかしら。気分悪いわね。
鞄を机に置いて、回りを見渡す。その度にヒソヒソとした声は増していって、雨音みたいで煩い。幸村君も来ていないみたいだし、この状態の事情も聞けなさそう。いや、出来るだけ会いたくはないのだけど。


大方、また幸村君関連なんだろう。
全国大会前のころよくファンクラブの、というか幸村君関係の人達に嫌な噂を流されていた時期があった。あのときはなんとも思わなかったのだけれども、流石に新学期早々っていうのは辛いものがある。
まあ、こんな噂二週間もすれば消えるかしら。
居心地の悪い教室から脱出しようと机から立ち上がり人気のなさそうな屋上に向かう。そういえば彼はいるだろうか。結局、夏休み中にはあれを皮切りに来ていないから、彼とは会っていなかった。彼とならば鬱陶しい視線に巻き付けられることもない。足が早まった。一刻も早く脱け出したい。億劫なのよね、そういう好奇の視線というのは。ギラギラと光る野獣みたいで。
屋上へと向かう階段をのぼろうと足をかける。階段はいつもよりも黒々としていて二ヶ月近く放置されていたのが丸わかりだった。もしかしたら一学期の頃のここの階段掃除係はサボっていたのかしら。夏休みのせいとは一概に言いがたい埃の量だ。
掃除をして綺麗にしたい。そんな欲求にかられる。きっとこの埃を駆除出来ればすっきりするはずなのに。
床が光るまで磨きあげてみたいかもしれない。私ってそんな綺麗好きではないと思うのだけれども。きっと好奇の目にさらされるぐらいなら一日ここで床を拭いときたいとかの欲求の現れじゃないかしら。なかなか私の精神もああいう目には逆らえないらしい。まあ好きな人はいないだろうけれど、あんな視線は。



「ぶふり」

あれ、私なんでそんなおかしな声を出してしまったのだろう。うわあ、恥ずかしい。顔を押さえようとすると、首の部分が引っ張られる。は?なにこれ。後ろを見るとどこかでみたことがあるようなスキンヘッド。茶色の褐色はこげた麦色で、黄色い――芥子色?というのだったかしら。幸村君がいつも着ているテニス部のレギュラージャージ。幸村君の下の人であることは分かったけれども、私がなぜこんな首絞めにも似た状況に陥らなければならないのか甚だ疑問だ。なんだというのかしら。
ありったけの力でその場に立ち往生しようとすると軽々と彼は私のありったけの力を粉砕して私の体を宙に浮かせた。足が床についていない軽い恐怖に背筋を凍らせながら、絞まっていく首が容赦なく意識を混濁させる。ぽーっとしてきた私の意識がズンズンと進んでいくこの人が私をおろすまで保たれていたのは不思議なぐらいだと思う。

ドスンとおろされた(投げ出された?)私は尻餅をつきながら、正常に出来ていなかった呼吸を繰り返す。意識が途端にはっきりしてきて、視界もひらけてきた


「ありがとう……ジャッカルくん」

「……おう」


ありがとうってあなたね、人を荷物だと勘違いしてないかしら。ギロリと声の方向を睨む。おかげさまで私は息が出来なくて苦しかったわよ。ばかやろう。


「…愛……鶴」


視線と視線が交わると愛鶴が肩を揺らしてひぃと小さな声をあげる。私ははびっくりした。愛鶴が私を荷物扱いしたからじゃない。(まあ、それも多少はあるかも知れないけど)愛鶴の顔に湿布が貼られてからだ。ぺたりと貼られた湿布は顔全体を包み込み、その痛々しさを物語っていた
どういうこと?
私の知らないところでまさか?
疑惑が恐怖となって溢れてきそうになる。まさかあの人達が、愛鶴を?

カッーと熱さが沸き上がってくるような気がした。私の友達を。愛鶴を。なんで。
私は幸村君に近かったからわかる。でも愛鶴は関係ないじゃないか。愛鶴には幸村君以外に好きな人もいて、いじめる必要なんてないのにっ。


誰がやったんだ。どうしてなにも私に教えてくれなかったの。痛かったわよね。
言葉から出そうとして上手く口から出せそうにないほど頭が煮えたぎっていていうことをきいてくれない。なにを言えばいいのか、それも分かんなくなっていく。とりあえず口を開かなきゃ。パクパクと金魚みたいな動きを繰り返して、口から何かが出ようとしたそのとき。
愛鶴の横で端正な顔立ちの丸井君が眉間に皺をよせ私を見下ろして、口を開いた。



「なんで、試合観に来なかった」

「……なんでよ、今そんなことどうでもいいでしょう」

「いいから答えろっ!」

いきなりの大声に肩を揺らす。なんで丸井君そんなに怒っているの。そんなこと、どうでもいいじゃない。愛鶴の頬っぺたのほうが大事だわ、何をやっているの、あなた愛鶴の彼氏でしょう。あの子の頬のほうが私の試合観戦放棄理由より上ってことないなんてことは絶対にありえないわ。なんで愛鶴のことを大事にしてあげないの。なんで私なんかを取り囲んでいるのよ。


「どうでもいいっていってるじゃない!それより」

「どうでもよくねぇんだよ!早く答えろっ!」


鬼のような形相というのはこんな顔なのだろうか。いつもの優しそうな顔はとれ、敵を見たときのような獰猛な顔に恐怖が上がる。
何がなんだか分からない頭がぐちゃぐちゃで煮えたぎりそうだ。
イライラして吐き捨てる。



「どうしてもはずせない用事があったのよ」

「どんな用事だよぃっ」

「それは………」


くそ。こんな大勢の前でいじめられてました。なんて言えるわけがない。無理。それに愛鶴の前では弱い私なんか見せられない。私は、頼られる存在でないといけないのだから。こんな状況下で本当のことが言えるわけがないじゃない!
目の前の赤髪の男はイライラしたように足踏みをしはじめた。これは丸井が我慢しきれなくなるとやるのだと幸村君が前に言っていた気がする。でもこんな場所で真実が言えるわけがない。
だって言ってしまったら

私は、なんにもなくなってしまうから


だからいってしまった
熱すぎる熱は私を包み込んで逃がそうとはしてくれなかった。ぐわっと頭にのぼる憤怒に恐怖そして自尊心



「あなたには関係ないわっ」


放たれた言葉に丸井君が反射的に反応して、彼は私の襟を掴むと般若の如く怖い顔で、地の底からわき出たような声を出し私に言った



「愛鶴をイジメタのはお前だな」



頭が真っ白になった







  
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -