過去編
夏休みに入って、受験生である私達はちょくちょく学校に来ていた。
私は学校にいくとだいたい屋上にいってマクベスと談笑するのが日課となってきていた
何故だか彼と話すと気が楽になるのよね……。
言葉に出すから気が楽になるのかしら
「あ、あの、友」
「なあに、愛鶴」
「屋上に行くのは、もうやめたほうがいいよ」
「え? 何故?」
「何故って、それは……。あ、危ないし」
「大丈夫よ。屋上には手摺があるし、危険じゃないわ」
「そうじゃなくて!」
愛鶴は語尾を強めて私にいう
珍しい、今までだったらひき下がってくれていた筈なのに
「大丈夫よ。愛鶴が言っていた人もいい人なんかじゃないけど面白い人だったし、かなり喋りやすい人なのよね、こっちの話し興味持ってきいてくれるのよ」
「………!」
「だから心配しないで、私、彼としゃべっているのが楽しいのよ」
「……ねえ、……友」
「うん?なあに?」
「明後日、ちょっと時間くれないかな……ちょっとでいいの。ほんの、少し」
明後日
幸村君達が全国大会に出る日
確か、全国大会一回戦目
「本当にちょっとで、いいから」
「ええ、大丈夫よ。分かった」
幸村君に見に行くと約束したのは決勝戦。だからって他の試合は見に行かないっていうわけじゃないけれど、愛鶴からのお願いだったら断るわけには行かない
それに立海が強いからといってそう簡単には試合は終わらないでしょうし。
愛鶴との約束のあとに行けば、十分に間に合うでしょう
「じゃあ、詳しいことは連絡する」
「ええ、分かったわ」
愛鶴がばつが悪そうに目をとじる。どうしたのかしら。疑問に思いながら、鞄の中身を整えた
「のう」
「なに」
いつものように後から入ってきた彼は、のんびりと話しかけてきた
「明日からはちょっと来れんと思う」
「あら、奇遇ね。私も明日からここに来るのは控えようと思っていたの」
「なんじゃ、そうか」
ねっころがる音が聞こえた。今まで何回と聞いてきた音。
「少し会えなくなるわね」
「今も会ってはおらんじゃろ」
「確かに、今思えば不思議な感じよね、なんだかあってもいないのに喋っているなんて」
「そっちのほうが煩わしくなくてええ」
「同感だわ」
ネットみたいなものなのだと思う。会ってはいないけど、いろんな話して、話をきいて
顔を見なくて話さないでいいっていうのはとても楽だと思う
「のう、こないだいっとったあれ、今も変わらん思いか」
「どれのことよ」
「負けてもいいって、そのことじゃ」
「ああ、それ。そうね、変わらないわね。……どうして?」
「負けるかもしれん相手がおる」
初めてじゃないだろうか、彼が自分のことを聞かせてくれるのは
ぽつりぽつりと溢されていく言葉に耳を傾ける
「負けるつもりはなか、ただポテンシャルは相手の方が上じゃ。そしてきっとテクニックも俺じゃ敵わんと思う」
「………」
「勝てるつもりで挑む、じゃが負けるのが、怖い。負けは、失いそうで怖い」
「なにを?」
「自分を」
はっきりと透き通るぐらいの音量で返された言葉に私は苦笑してしまった
まるで幸村君みたいだわ
あのとき、手術しないとテニスが出来なくなると言われたときの幸村君みたい
「あなたがなにをやっているかは知らないけど、一回負けたぐらいで嫌いになるようなものなの?」
「………いいや、違う」
「じゃあ大丈夫ね、だって負けたぐらいでは嫌いにならないのでしょう?つまり好きってこと。自分があるじゃない。失わないじゃない、自分を」
それが嫌いになる自分を思い浮かべられたら、それはそれで自分があるってこと、自分を失うってことは自分の先を見付けられないことなの。
なにも見付けられない何をするか分からない、それが自分を見失うということ。だから、彼は自分を見失いなんかしない
「負けても大丈夫、あなたは勝つつもりで挑むんでしょう?全力を出しきるんでしょう?それなのに、どうして文句がいえるのよ、全力を出しきる人が何かを掴めないなんてありえない」
私は綺麗事ばかりを言っているんだと思う。でも、綺麗事でも少しの自信に繋げてくれたら嬉しい
「怖がらなくても大丈夫よ。どんな怖がりさんなの、あなた。肝だめしにでもいって鍛えなおしてきたら?」
「…………最後のは余計なお世話じゃ」
「ふふ、私もそう思ったわ」
ふわふわと浮かぶ雲。綺麗な青い空
ファンファーレが響きそうな空に手を伸ばしてみた
「負けても大丈夫よ。私はあなたを責めたりしないし、慰めもしない。話、いつものようにきいてあげるわ」
「……偉そうに言うんじゃなか」
「いいじゃない、たまには偉そうにしたって。………楽しみなさいよ」
「分かっとる」